呻吟語 / 外篇・治道・威其の愛に克つ
動大眾,齊萬民,要主之以慈愛,而行之以威嚴,故曰:「威克厥愛。」又曰:「一怒而安天下之民。」若姑息寬緩,煦煦沾沾,便是婦人之仁,一些事濟不得。
新字:動大眾,斉万民,要主之以慈愛,而行之以威厳,故曰:「威克厥愛。」又曰:「一怒而安天下之民。」若姑息寛緩,煦煦沾沾,便是婦人之仁,一些事済不得。
書き下し
大眾を動かし、萬民を齊ふるには、之に主とするに慈愛を以てして、之を行ふに威嚴を以てするを要す。故に曰く、「威其の愛に克つ」と。又た曰く、「一たび怒りて天下の民を安んず」と。若し姑息寬緩、煦煦沾沾たらば、便ち是れ婦人の仁にして、一些の事も濟し得ず。
現代語訳
大勢を動かし万民を揃えるには、慈しみと愛を主として、威と厳しさで行うことが必要です。だから言う、威が愛に克つと。また言う、ひとたび怒って天下の民を安んじると。もしその場しのぎでゆるく、なごやかにべたついていれば、それは婦人の仁で、少しの事も成せません。
解説
慈愛と威厳を、主と手段に分けます。心は慈愛、やり方は威厳。どちらか一方ではありません。そして経典の二句が引かれます。威が愛に克つ、ひとたび怒って民を安んじる。どちらも厳しさが結果として民を守る例です。逆に、ゆるくべたついた状態は婦人の仁と呼ばれ、何も成せないとされます。前に出てきた、姑息の禍は威厳より大きいという段と組になっています。
この章句が説くこと
慈愛威厳主と手段婦人の仁克つ
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