呻吟語 / 外篇・治道・三たび斯の言を復す
養民之政,孟子云:「老者衣帛食肉,黎民不飢不寒。」韓子云:「鰥寡孤獨廢疾者皆有養也。」教民之道,孟子云:「使契為司徒,教以人倫,父子有親,君臣有義,夫婦有別,長幼有序,朋友有信。放勛曰:『勞之來之,匡之直之,輔之翼之,使自得之,又從而振德之。』」《洪範》曰:「無偏無陂,遵王之義;無有作好,遵王之道;無有作惡,遵王之路;無偏無黨,王道蕩蕩;無黨無偏,王道平平;無反無側,王道正直。會其有極,歸其有極。」予每三復斯言,汗輒浹背;三嘆斯語,淚便交頤。嗟夫!今之民非古之民乎?今之道非古之道乎?抑世變若江河,世道終不可反乎?爵祿事勢視古人有何靳嗇?俾六合景象若斯,辱此七尺之軀,靦面萬民之上矣。
新字:養民之政,孟子云:「老者衣帛食肉,黎民不飢不寒。」韓子云:「鰥寡孤独廃疾者皆有養也。」教民之道,孟子云:「使契為司徒,教以人倫,父子有親,君臣有義,夫婦有別,長幼有序,朋友有信。放勛曰:『労之来之,匡之直之,輔之翼之,使自得之,又従而振徳之。』」《洪範》曰:「無偏無陂,遵王之義;無有作好,遵王之道;無有作悪,遵王之路;無偏無党,王道蕩蕩;無党無偏,王道平平;無反無側,王道正直。会其有極,帰其有極。」予毎三復斯言,汗輒浹背;三嘆斯語,涙便交頤。嗟夫!今之民非古之民乎?今之道非古之道乎?抑世変若江河,世道終不可反乎?爵禄事勢視古人有何靳嗇?俾六合景象若斯,辱此七尺之軀,靦面万民之上矣。
書き下し
民を養ふの政は、孟子云ふ、「老者は帛を衣、肉を食らひ、黎民は飢ゑず寒からず」と。韓子云ふ、「鰥寡孤獨廢疾なる者は皆な養ひ有り」と。民を教ふるの道は、孟子云ふ、「契をして司徒たらしめ、教ふるに人倫を以てす。父子に親有り、君臣に義有り、夫婦に別有り、長幼に序有り、朋友に信有り。放勛曰く、之を勞ひ之を來し、之を匡し之を直くし、之を輔け之を翼け、自ら之を得しめ、又た從ひて之を振德す」と。『洪範』に曰く、「偏する無く陂する無く、王の義に遵へ。好を作す有る無く、王の道に遵へ。惡を作す有る無く、王の路に遵へ。偏する無く黨する無ければ、王道蕩蕩たり。黨する無く偏する無ければ、王道平平たり。反する無く側する無ければ、王道正直なり。其の極有るに會し、其の極有るに歸す」と。予每に三たび斯の言を復すれば、汗輒ち背に浹し、三たび斯の語を嘆ずれば、淚便ち頤に交はる。嗟夫、今の民は古の民に非ざるか。今の道は古の道に非ざるか。抑も世變は江河の若く、世道終に反す可からざるか。爵祿事勢は古人に視て何の靳嗇か有らん。六合の景象をして斯くの若くならしめ、此の七尺の軀を辱しめ、萬民の上に靦面す。
現代語訳
民を養う政治について、孟子は言いました。老人は絹を着て肉を食い、民は飢えず寒がらない。韓愈は言いました。身寄りの無い者も障りのある者もみな養われる。民を教える道について、孟子は言いました。契を司徒として人倫を教えた。父子に親しみがあり、君臣に義があり、夫婦に別があり、長幼に序があり、朋友に信がある。堯は言った、労い来させ、正し直くし、助け翼け、自ら得させ、さらに励まし恵むと。洪範に言う。偏らず傾かず、王の義に従え。好むことを作らず、王の道に従え。憎むことを作らず、王の路に従え。偏らず党を作らなければ、王道は広々とする。党を作らず偏らなければ、王道は平らかである。背かず傾かなければ、王道はまっすぐである。その極に会し、その極に帰する。私は三たびこの言葉を繰り返すたびに汗が背に流れ、三たびこの語を嘆じるたびに涙が頬を伝います。ああ、今の民は昔の民ではないのでしょうか。今の道は昔の道ではないのでしょうか。それとも世の変化は川の流れのようで、世の道はついに戻せないのでしょうか。爵禄や権勢は昔の人に比べて何の出し惜しみがあるでしょうか。天地の有様をこのようにさせ、この七尺の身を辱め、万民の上に厚かましい顔をさらしています。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『呻吟語』外篇・治道・堯・舜も此に良法無し孔子は子貢に告ぐるに食を足すを以てし、冉有に告ぐるに之を富ますを以てす。孟子は梁王に告ぐるに生を養ひ死を送りて憾み無きを以てし、齊王に告ぐるに田里を制し樹畜を教ふるを以てす。堯・舜も此に告ぐるに良法無し。哀しいかな。
-
『呻吟語』外篇・治道・薰陶の功を盡くす人情は是非利害を論ぜず、己に便なる者を樂しみ、己に便ならざる者を惡まざるは莫し。官に居り政を立つるに、殃民を論ずる無く、即ち教養諄諄、禁令惓惓たるは、何ぞ嘗て其の相ひ養ひ相ひ安んじ、禍を免れ罪に遠ざかるを欲せざらんや。然れども政一たび行はれて、未だ怨まざる者有らず。故に聖人は之に先んずるに躬行を以てし、之に浸すに口語を以てし、之に示すに好惡を以てし、之を激するに賞罰を以てす。日に積み月に累ね、意に耐へ心を精しくし、但だ薰陶の功を盡くして、俄頃の效を計らず。然る後に民は善の當に為すべく、惡の恥づ可きを知り、默化潛移して、聖人に服從す。今無本の令を以て、久しく散ぜる民に責め、旦夕の效を求め、從はざるの怒りを逞しくし、頑に忿疾して、敏德の治を望む。即ち我且つ亦た愚不肖なる者にして、何ぞ蚩蚩の氓を怪しまんや。
-
『塩鉄論』執務篇賢良曰く、孟子曰く、『堯・舜の道は、人に遠きに非ざるなり、而して人之を思わざるのみ』と。詩に云う、『之を求めて得ざれば、寤寐に思服す』と。求むること關睢の如く、德を好むこと河廣の如くんば、何ぞ濟らず得ざることの有らんや。故に高山は仰ぎ止み、景行は行き止む、及ぶ能わずと雖も、道を離るること遠からざるなり。顏淵曰く、『舜は獨り何人ぞや、回は何人ぞや』と。夫れ賢を思い能を慕い、善に從いて休まざれば、則ち成・康の俗も致すべく、而して唐・虞の道も及ぶべし。公卿未だ思わざるなり、先王の道、何ぞ遠きこと之れ有らん。齊桓公は諸侯を以て王政を思い、周室を憂え、諸夏の難を匡し、夷・狄の亂を平らげ、亡を存し絕を接ぎ、信義大いに行われて、天下に著る。邵陵の會、之に予して主と為す。傳に曰く、『予は積なり』と。故に土積みて山阜と成り、水積みて江海と成り、行い積みて君子と成る。孔子曰く、『吾河廣に於いて、德の至れるを知る』と。而して之を得んと欲せば、各々其の本に反り、諸を古に復するのみ。古者、行役は時を踰えず、春に行けば秋に反り、秋に行けば春に來たる、寒暑未だ變ぜず、衣服易えずして、固より已に還れり。夫婦は時を失わず、人は安和にして適くが如し。獄訟平らかに、刑罰得れば、則ち陰陽調い、風雨時あり。上苛擾せず、下煩勞せず、各々其の業を修め、其の性に安んずれば、則ち螟螣生ぜずして、水旱起こらず。賦斂省かれて農は時を失わざれば、則ち百姓足りて、流人は其の田里に歸る。上清靜にして欲せざれば、則ち下は廉にして貪らず。今の若くんば則ち繇役は極めて遠く、寒苦の地、危難の處を盡くし、胡・越の域に涉り、今茲往きて來歲に旋る。父母は頸を延べて西を望み、男女は怨曠して相い思う、身は東楚に在りて、志は西河に在り。故に一人行きて鄉曲恨み、一人死して萬人悲しむ。詩に云う、『王事盬きこと靡く、稷黍を藝うる能わず、父母何をか怙まん』と。『彼の恭人を念えば、涕零つること雨の如し。豈に歸るを懷わざらんや、此の罪罟を畏るればなり』と。吏は法を奉じて以て存撫せず、公に倍きて私に任せ、各々其の權を以て其の嗜欲を充たす。人愁苦して怨思し、上恤み理めざれば、則ち惡政行われて邪氣作る、邪氣作れば、則ち蟲螟生じて水旱起こる。此くの若くんば、禱祀雩祝し、百神に事うること時無しと雖も、豈に能く陰陽を調えて盜賊を息めんや。
-
『呻吟語』外篇・治道・舊規は百世變ぜず近日官に居るに、動もすれば舊規を說く。彼の相ひ沿ひて以來、己に便ならざる者は悉く之を去り、己に便なる者は悉く之を存す。此の如くんば、舊規は百世變ぜず。只だ這の念頭を將て百姓の身上に移し、民に利有る者は悉く之を修舉し、民に害有る者は悉く之を掃除せば、豈に是れ官に居るの真正の道理ならずや。噫、民生に利ある者は皆な己に便ならず。己に便なる者は豈に能く民に害あらざらんや。古より以來、民生遂げず、事故日に多し。其の由知る可きのみ。
-
『呻吟語』外篇・治道・憂時者は傷心して之を慟む吏治安んぞ修舉するを得ん。民生安んぞ輯寧なるを得ん。時を憂ふる者は、傷心して之を慟む。
-
『呻吟語』外篇・治道・世道に三責有り世道に三責有り。貴を責め、賢を責め、綱を壞り紀を亂すの最なる者を責む。三責して世道回す可し。貴き者は風俗教化の權を握りて、首めに壞りて以て庶人の倡と為れば、則ち庶人之に象らざる莫し。賢なる者は風俗教化の道を明らかにして、自ら壞りて以て不肖者の倡と為れば、則ち不肖者之に象らざる莫し。此の二人を責むる、此れを治本と謂ふ。風教既に壞れなば、之を誅するも誅するに勝ふ可からず。故に其の最も甚だしき者を擇びて以て天下に令す。此れを治末と謂ふ。本末兼ね治めば、三年ならずして四海の內光景自ら別ならん。乃ち今貴き者、賢なる者は教化風俗の大蠹と為りて、體面を以て之を寬假す。少しく嚴なれば則ち苛刻にして以て士大夫の體を傷ると曰ふ。知らず、二帝三王曾て是の說有りや否や。世教衰微し、人心昏醉す。知らず此等の見識何處より來たるかを。所謂淫朋比德、相ひ為に庇護して以て其の短を藏し、道と法と兩つながら病むなり。天下如何ぞ敝れ且つ亂れざらんや。