呻吟語 / 外篇・品藻・寧ろ疑を闕くも可なり
無知者借信而好古之名,以誤天下後世蒼生。不有洞見天地萬物之性情者出而正之,迷誤何有極哉?虛心君子,寧闕疑可也。
新字:無知者借信而好古之名,以誤天下後世蒼生。不有洞見天地万物之性情者出而正之,迷誤何有極哉?虚心君子,寧闕疑可也。
書き下し
無知なる者は信じて古を好むの名を借りて、以て天下後世の蒼生を誤る。天地萬物の性情を洞見する者出でて之を正すこと有らずんば、迷誤何ぞ極まる有らんや。虛心の君子は、寧ろ疑を闕くも可なり。
現代語訳
無知な者は、信じて古を好むという名を借りて、天下後世の民を誤らせます。天地万物の性情を見通す者が現れて正さなければ、迷いと誤りにどこで終わりがあるでしょうか。心を虚しくした君子なら、むしろ疑わしいところは空けておいてよいのです。
解説
前の段を受けて、無知な者が古を好むという名を借りる構図を示します。そして正す者が現れなければ誤りは続く。ただし結論は謙虚で、疑わしいところは空けておけとされます。断定せずに空白を残すことを許すのが要点で、無理に埋めるより分からないままにしておけという結びです。無理に埋めるより、分からないままにしておけという結びです。
この章句が説くこと
好古誤り闕疑空白謙虚
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