呻吟語 / 外篇・品藻・君子は心の為に惡を受く
其事難言而於心無愧者,寧滅其可知之跡。故君子為心受惡,太伯是已。情有所不忍,而義不得不然者,寧負大不韙之名。故君子為理受惡,周公是已。情有可矜,而法不可廢者,寧自居於忍以伸法。故君子為法受惡,武侯是已。人皆為之,而我獨不為,則掩其名以分謗。故君子為眾受惡,宋子罕是已。
新字:其事難言而於心無愧者,寧滅其可知之跡。故君子為心受悪,太伯是已。情有所不忍,而義不得不然者,寧負大不韙之名。故君子為理受悪,周公是已。情有可矜,而法不可廃者,寧自居於忍以伸法。故君子為法受悪,武侯是已。人皆為之,而我独不為,則掩其名以分謗。故君子為眾受悪,宋子罕是已。
書き下し
其の事言ひ難くして心に愧づる無き者は、寧ろ其の知る可きの跡を滅す。故に君子は心の為に惡を受く、太伯是れなり。情に忍びざる所有りて、義の然らざるを得ざる者は、寧ろ大不韙の名を負ふ。故に君子は理の為に惡を受く、周公是れなり。情に矜れむ可き有りて、法の廢す可からざる者は、寧ろ自ら忍に居りて以て法を伸ぶ。故に君子は法の為に惡を受く、武侯是れなり。人皆な之を為して、我獨り為さざれば、則ち其の名を掩ひて以て謗を分かつ。故に君子は眾の為に惡を受く、宋の子罕是れなり。
現代語訳
その事を言い出しにくく、しかも心に恥じるところが無い者は、むしろ知られるはずの跡を消します。だから君子は心のために悪名を受けます。太伯がそれです。情として忍びないのに、義としてそうせざるを得ない者は、むしろこの上ない不当の名を負います。だから君子は理のために悪名を受けます。周公がそれです。情として憐れむべきなのに、法を廃せない者は、むしろ自ら残酷の側に立って法を通します。だから君子は法のために悪名を受けます。諸葛亮がそれです。人がみなしていて自分だけがしないなら、その名を隠して謗りを分け合います。だから君子は大勢のために悪名を受けます。宋の子罕がそれです。
解説
進んで悪名を引き受けた四つの例を並べます。心のため、理のため、法のため、大勢のため。太伯、周公、諸葛亮、子罕。どれも弁明すれば名を保てたのに、あえて負っています。悪名を避けないことが徳になる場合を四通り示した一段で、評判より中身を選ぶ姿勢が具体化されています。評判より中身を選ぶ姿勢が、四例で具体化されています。
この章句が説くこと
悪名引き受け太伯周公評判
関連する章句
-
『呻吟語』内篇・修身・惡を惡むも君子の免れざる所其の惡を惡むこと嚴ならざる者は、必ず己に惡有る者なり。其の善を好むこと亟ならざる者は、必ず己に善無き者なり。仁人の善を好むや、啻に口より出づるのみならず。其の惡を惡むや、諸を四夷に迸けて與に中國を同じくせず。孟子曰く、「羞惡の心無きは、人に非ざるなり」と。則ち惡を惡むも亦た君子の免れざる所なり。但だ己が私と為りて、惡を作すは他人に在り、惡む可きに非ざるを恐るるのみ。若し民の惡む所にして惡まずんば、民の父母爲りと謂ひて可ならんや。
-
『呻吟語』外篇・品藻・怨を分かち過を共にす罪を委ね功を掠むるは、此れ小人の事なり。罪を掩ひ功を誇るは、此れ眾人の事なり。美を讓り功を歸するは、此れ君子の事なり。怨を分かち過を共にするは、此れ盛德の事なり。
-
『呻吟語』内篇・修身・好名を以て君子を沮む今の人は只だ是れ「好名」の二字を將て君子に罪を坐す。知らず、名は是れ自ら好みて將ち去らず。人に分かつに財を以てする者は、實に財を費やす。人に教ふるに善を以てする者は、實に心を勞す。臣の忠に死し、子の孝に死し、婦の節に死する者は、實に身を殺す。一介も取らざる者は、實に得る所無し。即使ひ真正に名を好むとも、為す所は卻って是れ道理なり。彼の名を好まざる者は、舜か、跖か。
-
『呻吟語』外篇・治道・鄉愿を惟れ師とす古今人を觀るに、好惡を離れ了はず。武叔は仲尼を毀り、伯寮は子路を訴へ、臧倉は孟子を沮む。從來聖賢未だ謗毀に遭はざる者有らず。故に曰く、「其の不善なる者之を惡む」と。不善なる所に惡まれずんば、君子と成らず。後世進退の柄を執る者は只だ鄉人皆な之を好むの上に在りて人を取る。千人の譽も以て一人の毀に敵するに足らず。更に這の毀言何處より來たるかを察せず。更に這の人を毀る者は是れ小人か是れ君子かを察せず。是を以て正士は心を傷め、端人は氣を喪ふ。一たび仕途に入らば、只だ彌縫塗抹の上に在りて工夫を做し、更に敢へて一人に罪を得ず。嗚呼、端人正士の中行に叛きて惟だ鄉愿を是れ師とするは、皆な是非の真を失ひ、進退の當を失ふ者之を驅ればなり。
-
『呻吟語』内篇・修身・謗は君子に損なふ所無し君子は過ち有れば謗を辭せず、過ち無ければ謗に反せず、過ちを共にすれば謗を推さず。謗は君子に損なふ所無きなり。
-
『呻吟語』外篇・品藻・眾惡必ず察するは仁者の心眾惡必ず察するは、是れ仁者の心なり。不仁者は人の惡を聞けば、喜び談じ樂しみ道ふ。疏薄なる者は人の惡を聞けば、深く信じて疑はず。惟だ長者のみ惡名の以て人を污し易く、而して惡を作す者の好んで善を誣ふるを知る。既に人の惡む所と為る者は何人かを察し、又た言ふ者は何の心かを察し、又た惡を致す所は何に由るかを察す。耐心留意して獨り其の真を得。