呻吟語 / 内篇・應務・八用は事を宰するの權
有進用,有退用,有虛用,有實用,有緩用,有驟用,有默用,有不用之用,此八用者,宰事之權也。而要之歸於濟義,不義,雖濟,君子不貴也。
新字:有進用,有退用,有虚用,有実用,有緩用,有驟用,有黙用,有不用之用,此八用者,宰事之権也。而要之帰於済義,不義,雖済,君子不貴也。
書き下し
進用有り、退用有り、虛用有り、實用有り、緩用有り、驟用有り、默用有り、不用の用有り。此の八用なる者は、事を宰するの權なり。而して之を要するに義を濟すに歸す。義ならざれば、濟すと雖も、君子貴ばざるなり。
現代語訳
進めて用い、退いて用い、虚にして用い、実にして用い、緩やかに用い、急に用い、黙って用い、用いないことによって用いる。この八つの用い方が、事を取り仕切る権です。しかし要するに、義を成し遂げることに帰します。義でなければ、たとえ成し遂げても君子は貴びません。
解説
事を動かす手を八つに整理します。進退、虚実、緩急、黙、そして用いないこと。四組の対と、二つの特殊な用い方です。手段の一覧としては網羅的ですが、最後に必ず縛りがかかります。義でなければ成功も価値が無い。技術論に歯止めを付けるのが、この書の一貫した書き方になっています。技術論に歯止めを付けるのが、この書の一貫した書き方です。
この章句が説くこと
八用手段進退義歯止め
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