呻吟語 / 内篇・應務・五月に絲を繅るは寒時の用の為
五月繅絲,正為寒時用;八月績麻,正為暑時用;平日涵養,正為臨時用。若臨時不能駕御氣質、張主物欲,平日而曰「我涵養」,吾不信也。夫涵養工夫豈為涵養時用哉?故馬蹷而後求轡,不如操持之有常;輻拆而後為輪,不如約束之有素。
新字:五月繅糸,正為寒時用;八月績麻,正為暑時用;平日涵養,正為臨時用。若臨時不能駕御気質、張主物欲,平日而曰「我涵養」,吾不信也。夫涵養工夫豈為涵養時用哉?故馬蹷而後求轡,不如操持之有常;輻拆而後為輪,不如約束之有素。
書き下し
五月に絲を繅るは、正に寒時の用の為なり。八月に麻を績むは、正に暑時の用の為なり。平日の涵養は、正に臨時の用の為なり。若し臨時に氣質を駕御し、物欲を張主する能はずして、平日に「我涵養す」と曰はば、吾信ぜざるなり。夫れ涵養の工夫は豈に涵養の時の用の為ならんや。故に馬蹷きて後に轡を求むるは、操持の常有るに如かず。輻拆けて後に輪を為るは、約束の素有るに如かず。
現代語訳
五月に繭から糸を繰るのは、まさに寒い時に使うためです。八月に麻を績むのは、まさに暑い時に使うためです。日ごろの養いは、まさにいざという時に使うためです。もしいざという時に気質を御し、物欲を抑えられないのに、日ごろ自分は養っていると言うなら、私は信じません。養いの工夫は、養っている時に使うためのものでしょうか。馬がつまずいてから手綱を求めるのは、常に握っているのに及びません。輻が折れてから輪を作るのは、日ごろ締めておくのに及びません。
解説
養いの目的を、使う時期から逆算します。夏に糸を繰るのは冬のため、秋に麻を績むのは夏のため。日ごろの養いも、いざという時のためです。だから本番で効かなければ、養っていたとは言えません。そして手綱と車輪の例で、事故が起きてからでは遅いと念を押します。成果の検証時期をはっきりさせた一段です。成果の検証時期を、はっきりさせた一段になっています。
この章句が説くこと
涵養逆算本番検証備え
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