呻吟語 / 内篇・修身・何れの時か是れ足る
萬般好事說為,終日不為;百種貪心要足,何時是足?
新字:万般好事説為,終日不為;百種貪心要足,何時是足?
書き下し
萬般の好事說きて為すとするも、終日為さず。百種の貪心足るを要するも、何れの時か是れ足る。
現代語訳
あらゆる良い事をやると言いながら、一日中やりません。あらゆる貪りの心が満ち足りようとしますが、いつになれば足りるのでしょうか。
解説
言うだけで動かないことと、求めるだけで満ちないことを並べます。前者は善について、後者は欲について。どちらも終わりが来ないという点で同じ形をしています。善は始まらず、欲は終わらない。二十数字の対句で、人の日常がそのまま言い当てられており、耳に残る一段になっています。善は始まらず、欲は終わらない。二十数字で日常が言い当てられています。
この章句が説くこと
言行貪欲満足先延ばし対句
関連する章句
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『墨子』耕柱子夏の徒、子墨子に問いて曰く、「君子に鬬有りや」と。子墨子曰く、「君子に鬭無し」と。子夏の徒曰く、「狗狶すら猶お鬬有り。惡んぞ士有りて鬬無からんや」と。子墨子曰く、「傷ましいかな。言えば則ち湯・文に稱し、行えば則ち狗狶に譬う。傷ましいかな」と。
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