呻吟語 / 内篇・修身・靜定して後自家を看る
靜定後看自家是甚麼一個人。
新字:静定後看自家是甚麼一個人。
書き下し
靜かに定まりて後、自家が是れ甚麼の一個の人かを看よ。
現代語訳
静かに落ち着いてから、自分がどんな一人の人間であるかを見なさい。
解説
わずか十数字ですが、順序を指定しているところが大事です。まず静かに落ち着く、それから自分を見る。動いている水が何も映さないという先の比喩を思えば、落ち着く前の自己点検は当てにならないということになります。忙しい中で自分を責めても正確な像は得られない。自己認識に前提条件を置いた一段です。忙しさの中の自己点検は、当てにならないということです。
この章句が説くこと
静定自己認識順序点検前提
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