呻吟語 / 内篇・修身・君子は立つ所以を慎む
近世料度人意,常向不好邊說去,固是衰世人心無忠厚之意。然土君子不可不自責。若是素行孚人,便是別念頭人亦向好邊料度,何者?所以自立者,足信也。是故君子慎所以立。
新字:近世料度人意,常向不好辺説去,固是衰世人心無忠厚之意。然土君子不可不自責。若是素行孚人,便是別念頭人亦向好辺料度,何者?所以自立者,足信也。是故君子慎所以立。
書き下し
近世人意を料度するに、常に不好の邊に向かひて說き去る。固より是れ衰世の人心忠厚の意無きなり。然れども士君子は自ら責めざる可からず。若し是れ素行人に孚あらば、便ち是れ別念頭の人も亦た好き邊に向かひて料度せん。何ぞや。自ら立つ所以の者、信ずるに足ればなり。是の故に君子は立つ所以を慎む。
現代語訳
近ごろは人の心中を推し量るとき、いつも悪いほうへ寄せて言います。これは確かに衰えた世の人心に、真心と厚みが無いからです。しかし士君子は自分を責めないわけにいきません。もし日ごろの行いが人に信じられていれば、別のことを考える人でさえ良いほうへ推し量ります。なぜでしょうか。自分が立てているものが、信ずるに足るからです。だから君子は、自分が何を立てているかを慎むのです。
解説
人が自分の動機を悪く取るとき、世の中の荒みだけを責めない一段です。日ごろの行いが信じられていれば、疑い深い人でも良いほうに取る。つまり推測の向きは、こちらの実績が決めているというのです。世相を嘆く言葉から始めて、必ず自分の側に戻す。この書の基調がここにも現れています。世相を嘆く言葉から始めて、必ず自分の側に戻す。この折り返し方が、呻吟語の一貫した書き方です。
この章句が説くこと
信用推測素行世相自責
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