呻吟語 / 内篇・修身・氣類の自然なり
茂林芳樹,好鳥之媒也;污池濁渠,穢蟲之母也,氣類之自然也。善不與福期,惡不與禍招。君子見正人而合,邪人見憸夫而密。
新字:茂林芳樹,好鳥之媒也;汚池濁渠,穢虫之母也,気類之自然也。善不与福期,悪不与禍招。君子見正人而合,邪人見憸夫而密。
書き下し
茂林芳樹は、好鳥の媒なり。污池濁渠は、穢蟲の母なり。氣類の自然なり。善は福と期せず、惡は禍と招かず。君子は正人を見て合し、邪人は憸夫を見て密なり。
現代語訳
茂った林と香る木は、良い鳥を呼び寄せます。汚れた池と濁った溝は、穢れた虫を生みます。気の類が自然と寄り合うのです。善は福を約束せず、悪は禍を招くとは限りません。君子は正しい人を見て気が合い、邪な人は狡い者を見て親しくなります。
解説
同類が寄り合うという自然の理から、人の交わりを説明します。林が鳥を呼び、濁った溝が虫を生むように、その人の質がそのまま寄ってくる人を決める。そして善が福を約束しないと断ったうえで、その代わりに寄ってくる人が変わると言います。報いではなく、周囲の顔ぶれが変わることを善悪の結果として示した一段です。報いではなく、寄ってくる顔ぶれが変わるのです。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
同類交友環境善悪自然
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