呻吟語 / 内篇・修身・心跡雙清の四語
余二十年前曾有心跡雙清之志,十年來有四語云:「行欲清,名欲濁;道欲進,身欲退;利欲後,害欲前;人欲豐,己欲約。」
新字:余二十年前曽有心跡双清之志,十年来有四語云:「行欲清,名欲濁;道欲進,身欲退;利欲後,害欲前;人欲豊,己欲約。」
書き下し
余二十年前曾て心跡雙清の志有り。十年來四語有りて云ふ、「行ひは清からんことを欲し、名は濁らんことを欲す。道は進まんことを欲し、身は退かんことを欲す。利は後れんことを欲し、害は前まんことを欲す。人は豐かならんことを欲し、己は約ならんことを欲す」と。
現代語訳
私は二十年前、心も行いも共に清らかでありたいという志を持ちました。この十年は四つの言葉を持っています。行いは清くありたく、名は濁っていたい。道は進みたく、身は退きたい。利益は後回しにしたく、害は先に引き受けたい。人には豊かであってほしく、自分は切りつめていたい。
解説
四つの対句に、自分の願いを収めた一段です。どれも前半と後半が逆を向いています。行いは清く名は濁れ、というのがとくに特徴的で、実質を上げて評判は下げたいという願いです。前に出てきた、道徳の実を密かに修め名を隠せという段と同じ構えが、自分の座右の言葉として書き留められています。実質を上げ、評判は下げたいという願いが芯にあります。次の段で、呂坤自身がこれを撤回する点も見どころです。
この章句が説くこと
座右清濁進退利害自他
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