呻吟語 / 内篇・修身・士君子の偶たま聚まるや
士君子之偶聚也,不言身心性命,則言天下國家;不言物理人情,則言風俗世道;不規目前過失,則問平生德業。傍花隨柳之間,吟風弄月之際,都無鄙俗媟嫚之談,謂此心不可一時流於邪僻,此身不可一日令之偷惰也。若一相逢,不是褻狎,便是亂講,此與僕隸下人何異?只多了這衣冠耳。
新字:士君子之偶聚也,不言身心性命,則言天下国家;不言物理人情,則言風俗世道;不規目前過失,則問平生徳業。傍花随柳之間,吟風弄月之際,都無鄙俗媟嫚之談,謂此心不可一時流於邪僻,此身不可一日令之偷惰也。若一相逢,不是褻狎,便是乱講,此与僕隸下人何異?只多了這衣冠耳。
書き下し
士君子の偶たま聚まるや、身心性命を言はざれば、則ち天下國家を言ふ。物理人情を言はざれば、則ち風俗世道を言ふ。目前の過失を規せざれば、則ち平生の德業を問ふ。花に傍ひ柳に隨ふの間、風を吟じ月を弄ぶの際、都て鄙俗媟嫚の談無し。此の心一時も邪僻に流る可からず、此の身一日も之をして偷惰ならしむ可からずと謂へばなり。若し一たび相逢へば、褻狎に非ずんば便ち亂講なり。此れ僕隸下人と何ぞ異ならん。只だ這の衣冠を多くするのみ。
現代語訳
士君子がたまたま集まったなら、身心や性命を語らなければ天下国家を語り、物の理や人の情を語らなければ風俗や世の道を語り、目の前の過ちを正し合わなければ平生の徳業を問い合います。花のかたわらを歩き柳に沿って進むあいだも、風を吟じ月を愛でるときも、卑しく馴れ馴れしい話は一切ありません。この心を一時も邪へ流してはならず、この身を一日も怠けさせてはならないと考えるからです。もし顔を合わせるなり、ふざけ合うか、でたらめを話すかであれば、下働きの者と何が違うでしょうか。ただ衣冠を余分に着けているだけです。
解説
集まったときに何を話すかで、その集まりの質が決まるという一段です。六つの話題が並びますが、どれも自分と世の中に関わることばかりで、噂も冗談も入っていません。そして最後の一句が厳しい。ふざけ合うだけなら下働きの者と違わず、違うのは衣冠だけだ、と。肩書きが人を分けるのではなく、交わす話が分けるのです。衣冠を余分に着けているだけ、という一句が痛烈です。
この章句が説くこと
交友会話質集まり名実
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