呻吟語 / 内篇・倫理・宗法立ちて百善興る
宋儒云:「宗法明而家道正。」豈惟家道?將天下之治亂,恒必由之。宇宙內,無有一物不相貫屬、不相統攝者。人以一身統四肢,一肢統五指。木以株統榦,以榦統枝,以枝統葉。百穀以莖統穗,以穗統,以統粒。蓋同根一脈,聯屬成體。此操一舉萬之術而治天下之要道也。天子統六卿,六卿統九牧,九牧統郡邑,郡邑統鄉正,鄉正統宗子。事則以次責成,恩則以次流布,教則以次傳宣,法則以次繩督,夫然後上不勞下不亂而政易行。自宗法廢而人各為身,家各為政,彼此如飄絮飛沙,不相維繫,是以上勞而無要領可持,下散而無脈胳相貫,奸盜易生而難知,教化易格而難達。故宗法立而百善興,宗法廢而萬事弛。或曰:「宗子而賤、而弱、而幼、而不肖,何以統宗?」曰:「古之宗法也,如封建,世世以嫡長。嫡長不得其人,則一宗受其敝,且豪強得以䐁鼠視宗子,而魚肉孤弱。其誰制之?蓋有宗子又當立家長,宗子以世世長子孫為之;家長以闔族之有德望而眾所推服能佐宗子者為之,胥重其權而互救其失。此二者,宗人一委聽焉,則有司有所責成,而紀法易於修舉矣。」
新字:宋儒云:「宗法明而家道正。」豈惟家道?将天下之治乱,恒必由之。宇宙内,無有一物不相貫属、不相統摂者。人以一身統四肢,一肢統五指。木以株統榦,以榦統枝,以枝統葉。百穀以茎統穗,以穗統,以統粒。蓋同根一脈,聯属成体。此操一舉万之術而治天下之要道也。天子統六卿,六卿統九牧,九牧統郡邑,郡邑統鄉正,鄉正統宗子。事則以次責成,恩則以次流布,教則以次伝宣,法則以次縄督,夫然後上不労下不乱而政易行。自宗法廃而人各為身,家各為政,彼此如飄絮飛沙,不相維繋,是以上労而無要領可持,下散而無脈胳相貫,奸盗易生而難知,教化易格而難達。故宗法立而百善興,宗法廃而万事弛。或曰:「宗子而賤、而弱、而幼、而不肖,何以統宗?」曰:「古之宗法也,如封建,世世以嫡長。嫡長不得其人,則一宗受其敝,且豪強得以䐁鼠視宗子,而魚肉孤弱。其誰制之?蓋有宗子又当立家長,宗子以世世長子孫為之;家長以闔族之有徳望而眾所推服能佐宗子者為之,胥重其権而互救其失。此二者,宗人一委聴焉,則有司有所責成,而紀法易於修舉矣。」
書き下し
宋儒云ふ、「宗法明らかにして家道正し」と。豈に惟だ家道のみならんや。天下の治亂も、恒に必ず之に由る。宇宙の内、一物として相貫屬せず相統攝せざる者有る無し。人は一身を以て四肢を統べ、一肢は五指を統ぶ。木は株を以て榦を統べ、榦を以て枝を統べ、枝を以て葉を統ぶ。百穀は莖を以て穗を統べ、穗を以て粒を統ぶ。蓋し根を同じくし脈を一にし、聯屬して體を成す。此れ一を操りて萬を舉ぐるの術にして天下を治むるの要道なり。天子は六卿を統べ、六卿は九牧を統べ、九牧は郡邑を統べ、郡邑は鄉正を統べ、鄉正は宗子を統ぶ。事は則ち次を以て成を責め、恩は則ち次を以て流布し、教は則ち次を以て傳宣し、法は則ち次を以て繩督す。夫れ然る後に上勞せず下亂れずして政行はれ易し。宗法廢れてより人各〻身を為し、家各〻政を為す。彼此飄絮飛沙のごとく、相維繫せず。是を以て上は勞して要領の持す可き無く、下は散じて脈胳の相貫く無し。奸盜生じ易くして知り難く、教化格り易くして達し難し。故に宗法立ちて百善興り、宗法廢れて萬事弛む。或ひと曰く、「宗子にして賤しく、弱く、幼く、不肖ならば、何を以て宗を統べん」と。曰く、「古の宗法は、封建のごとく、世世嫡長を以てす。嫡長其の人を得ずんば、則ち一宗其の敝を受け、且つ豪強得て宗子を䐁鼠視し、孤弱を魚肉せん。其れ誰か之を制せん。蓋し宗子有りて又當に家長を立つべし。宗子は世世の長子孫を以て之を為し、家長は闔族の德望有りて眾の推服する所、能く宗子を佐くる者を以て之を為す。胥に其の權を重んじて互ひに其の失を救ふ。此の二者、宗人一に委聽すれば、則ち有司成を責むる所有りて、紀法脩舉し易からん」と。
現代語訳
宋の儒者は、宗法が明らかであれば家の道が正しくなる、と言いました。どうして家の道だけでしょうか。天下の治乱も、必ずこれによります。宇宙の中で、互いに貫き属し、互いに統べ束ねないものはありません。人は一身で四肢を統べ、一肢は五本の指を統べます。木は幹で枝を統べ、枝で葉を統べます。穀物は茎で穂を統べ、穂で粒を統べます。同じ根、同じ脈でつながって一つの体をなしているのです。これが一つを操って万を挙げる術であり、天下を治める要道です。天子は六卿を統べ、六卿は九牧を統べ、九牧は郡邑を統べ、郡邑は郷正を統べ、郷正は宗子を統べます。事は順に成果を求め、恩は順に行き渡り、教えは順に伝えられ、法は順に取り締まる。そうしてはじめて上は疲れず下は乱れず、政が行いやすくなります。宗法が廃れてから人は各自の身のため、家は各自の政を行い、互いに飛ぶ綿や砂のようでつながりがありません。だから上は疲れても要領がつかめず、下は散らばって筋が通らない。悪事や盗みは起こりやすいのに知りにくく、教化は妨げられて届きにくい。ですから宗法が立てば百の善が興り、宗法が廃れれば万事が緩みます。ある人が問いました。宗子が身分低く、弱く、幼く、不肖であれば、どうやって一族を統べるのでしょうか。答えます。昔の宗法は封建のように代々嫡長でした。嫡長が人を得なければ一族がその弊害を受け、豪強な者が宗子を小鼠のように見下し、孤弱な者を食い物にします。誰がこれを抑えるでしょうか。思うに宗子のほかに家長を立てるべきです。宗子は代々の長子孫が務め、家長は一族の中で徳望があり皆が推し従い、宗子を助けられる者が務める。ともにその権を重んじて、互いに失を補う。この二つに一族が任せれば、役人にも責任を求める先ができて、綱紀は整えやすくなるでしょう。
解説
この章句が説くこと
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『呻吟語』内篇・倫理・其の要を得るは尊長の自ら脩むるに在り一家の中、尊長を看得て尊ければ、則ち家治まる。若し尊長を看得て尊からずんば、如何ぞ他を齊へん。其の要を得るは尊長の自ら脩むるに在り。
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『管子』君臣上是の故に天子善有れば、徳を天に讓る。諸侯善有れば、之を天子に慶す。大夫善有れば、之を君に納る。民善有れば、父に本づき、之を長老に慶す。此れ道法の從りて來たる所、是れ治の本なり。是の故に歲ごとに一たび言う者は、君なり。時ごとに省みる者は、相なり。月ごとに稽うる者は、官なり。四支の力に務め、耕農の業を修めて以て令を待つ者は、庶人なり。是の故に百姓は其の力を父兄の間に量り、其の言を君臣の義に聴きて、官は其の徳能を論じて之を待つ。大夫は官中の事を比べて、其の外を言わず、而して相與に常具を為して以て之に給す。相は要を總ぶる者にして、官は士を謀り、實義の美を量り、疑う所を匡し請う。而して君は其の明府の法瑞を發して以て之を稽え、三階の上に立ち、南面して要を受く。是を以て上に餘日有りて、官は其の任に勝え、時令淫せずして、百姓肅給す。唯だ此れ上に法制有り、下に分職有ればなり。
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大学謂う所の国を治むるには必ず先ず其の家を斉(ととの)うとは、其の家を教うるべからずして、能く人を教うる者は、之れ無し。故に君子は家を出でずして教えを国に成す。孝は君に事(つか)うる所以なり。弟(てい)は長に事うる所以なり。慈は衆を使うる所以なり。《康誥》に曰く、「赤子を保(やすん)ずるが如し」と。心誠に之を求むれば、中(あた)らずと雖も遠からず。未だ子を養うを学んで而後嫁ぐ者は有らざるなり。一家仁なれば一国仁に興(おこ)り、一家譲なれば一国譲に興り、一人貪戾(たんれい)なれば一国乱を作(な)す。其の機(き)此(かく)の如し。此れ一言事を僨(やぶ)り、一人国を定むと謂う。堯(ぎょう)・舜(しゅん)天下を率いるに仁を以てして、民之れに従う。桀(けつ)・紂(ちゅう)天下を率いるに暴を以てして、民之れに従う。其の令する所其の好む所に反すれば、民従わず。是の故に君子は己に諸(これ)有りて而後人に諸を求め、己に諸(これ)無くして而後人に諸を非(そし)る。身に蔵する所恕(じょ)ならずして、能く諸を人に喻(さと)す者は、未だ之れ有らざるなり。故に国を治むるは其の家を斉うるに在り。《詩》に云く、「桃の夭夭(ようよう)たる、其の葉蓁蓁(しんしん)たり。之の子于(ここ)に帰(とつ)ぐ、其の家人に宜(よろ)し」と。其の家人に宜しくして、而後以て国人を教うべし。《詩》に云く、「兄に宜しく弟(おとうと)に宜し」と。兄に宜しく弟に宜しくして、而後以て国人を教うべし。《詩》に云く、「其の儀忒(たが)わず、是(ここ)に四国を正す」と。其の父子兄弟の法(のっと)るに足るを為して、而後民之れに法るなり。此れ国を治むるは其の家を斉うるに在りと謂う。
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『呻吟語』内篇・倫理・家長は、一家の君なり家長は、一家の君なり。上なる者は人をして歡愛して之を敬重せしむ。次は則ち人をして嚴憚する所有らしむ、故に嚴君と曰ふ。下は則ち人をして慢らしめ、下は則ち人をして陵がしめ、最下は則ち人をして恨ましむ。人をして慢らしむれば、未だ亂れざる者有らず。人をして陵がしむれば、未だ敗れざる者有らず。人をして恨ましむれば、未だ亡びざる者有らず。嗚呼、家を齊ふること豈に小故ならんや。今の人は皆治生を以て急と為して、家を齊ふるの道を講ぜざること久し。