呻吟語 / 内篇・倫理・骨肉をして寇讐たらしむるは、皆責の一字に坐す
恩禮出於人情之自然,不可強致。然禮係體面,猶可責人;恩出於根心,反以責而失之矣。故恩薄可結之使厚,恩離可結之使固,一相責望,為怨滋深。古父子、兄弟、夫婦之間,使骨肉為寇讐,皆坐責之一字耳。
新字:恩礼出於人情之自然,不可強致。然礼係体面,猶可責人;恩出於根心,反以責而失之矣。故恩薄可結之使厚,恩離可結之使固,一相責望,為怨滋深。古父子、兄弟、夫婦之間,使骨肉為寇讐,皆坐責之一字耳。
書き下し
恩禮は人情の自然より出づ、強ひて致す可からず。然れども禮は體面に係る、猶ほ人を責む可し。恩は根心より出づ、反つて責を以て之を失ふ。故に恩薄ければ之を結びて厚からしむ可く、恩離るれば之を結びて固からしむ可し。一たび相責望すれば、怨みと為りて滋〻深し。古の父子・兄弟・夫婦の間、骨肉をして寇讐たらしむるは、皆責の一字に坐するのみ。
現代語訳
恩と礼は人の情の自然から出るもので、無理に引き出せません。ただし礼は体面に関わるので、まだ人を責めることができます。恩は心の根から出るので、かえって責めることで失われます。ですから恩が薄ければ結び直して厚くでき、恩が離れれば結び直して固くできます。ひとたび互いに責め望めば、怨みとなってますます深くなります。昔から父子や兄弟や夫婦のあいだで、肉親を仇敵にしてしまうのは、みな責めるという一字によるのです。
解説
礼と恩の違いが、責められるかどうかで分けられます。礼は体面に関わるから責めて直せるが、恩は心の根から出るので責めれば失われる。求めた瞬間に消えるものがあるという指摘です。そして親子や夫婦が仇になる原因が一字に絞られます。責める、という字です。愛情の薄さを責めることが、愛情を回復させない唯一の方法だという構造が示されています。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
恩礼責逆効果骨肉
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