呻吟語 / 内篇・倫理・仁を以て之を主とし、義を以て之を輔く
仁者之家:父子愉愉如也,夫婦雝雝如也,兄弟怡怡如也,僮僕訢訢如也,一家之氣象融融如也。義者之家:父子凜凜如也,夫婦嗃嗃如也,兄弟翼翼如也,僮僕肅肅如也,一家之氣象慄慄如也。仁者以恩勝,其流也知和而和;義者以嚴勝,其流也疏而寡恩。故聖人之居家也,仁以主之,義以輔之,洽其太和之情,但不潰其防,斯已矣。其井井然嚴城深塹,則男女之辨也!雖聖人不敢與家人相忘。
新字:仁者之家:父子愉愉如也,夫婦雝雝如也,兄弟怡怡如也,僮僕訢訢如也,一家之気象融融如也。義者之家:父子凜凜如也,夫婦嗃嗃如也,兄弟翼翼如也,僮僕粛粛如也,一家之気象慄慄如也。仁者以恩勝,其流也知和而和;義者以厳勝,其流也疏而寡恩。故聖人之居家也,仁以主之,義以輔之,洽其太和之情,但不潰其防,斯已矣。其井井然厳城深塹,則男女之弁也!雖聖人不敢与家人相忘。
書き下し
仁者の家は、父子愉愉如たり、夫婦雝雝如たり、兄弟怡怡如たり、僮僕訢訢如たり、一家の氣象融融如たり。義者の家は、父子凜凜如たり、夫婦嗃嗃如たり、兄弟翼翼如たり、僮僕肅肅如たり、一家の氣象慄慄如たり。仁者は恩を以て勝つ、其の流るるや和を知りて和す。義者は嚴を以て勝つ、其の流るるや疏にして恩寡し。故に聖人の家に居るや、仁を以て之を主とし、義を以て之を輔け、其の太和の情を洽くし、但だ其の防を潰さざるのみ。其の井井然として嚴城深塹なるは、則ち男女の辨なり。聖人と雖も敢へて家人と相忘れず。
現代語訳
仁の人の家は、父子は喜ばしく、夫婦は和らぎ、兄弟は睦まじく、下働きの者もうれしげで、家じゅうの気配が溶け合っています。義の人の家は、父子は厳しく、夫婦はきびきびとし、兄弟は用心深く、下働きの者も引き締まり、家じゅうの気配が張り詰めています。仁の人は恩で勝つので、流れると和をよしとして和すぎます。義の人は厳しさで勝つので、流れると疎遠になって恩が薄くなります。ですから聖人が家にいるときは、仁を主として義で補い、大きな和やかさを行き渡らせ、ただ堤を崩さないだけです。きちんと整って堅い城と深い堀のようなのは、男女の区別においてです。聖人でさえ、家の者となれ合いはしません。
解説
この章句が説くこと
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『呻吟語』内篇・倫理・別有るは先づ夫婦より始まる宇宙内の大情種は、男女其の第一に居る。聖王も裁割して之を矯拂せんと欲せず、亦た裁割矯拂する能はざるなり。故に之を通ずるに已む可からざるの情を以てし、之を約するに犯す可からざるの禮を以てし、之を繩するに必ず赦さざるの法を以てす。之を縱にして相安んじ相久しからしむるなり。聖人も亦た是くのごとく亟ならず、故に五倫中の父子・君臣・兄弟・朋友は、篤くして又篤く、厚くして又厚く、惟だ情意の薄きを恐る。惟だ男女一倫のみ、是れ聖人の苦心する處なり。故に別有るは先づ夫婦より始まる。本と之に與ふるに別無きを以てして、又之に教ふるに別有るを以てす。況んや別有る者にして肯へて之を混ぜしめんや。聖人の意を用ふること深し。是れ死生の衢にして大亂の首なり、以て慎まざる可からざるなり。
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『呻吟語』内篇・倫理・其の要を得るは尊長の自ら脩むるに在り一家の中、尊長を看得て尊ければ、則ち家治まる。若し尊長を看得て尊からずんば、如何ぞ他を齊へん。其の要を得るは尊長の自ら脩むるに在り。
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『呻吟語』内篇・倫理・慎言の地は、惟だ家庭を要と為す慎言の地は、惟だ家庭を要と為す。應に言を慎むべきの人は、惟だ妻子・僕隸を要と為す。此れ理亂の原にして禍福の本なり。人往往にして之を忽にす、悲しいかな。
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説苑・貴德孔子曰く、「里は仁を美と為す、択びて仁に処らずんば、焉んぞ智を得ん」と。夫れ仁者は、必ず恕して然る後に行ふ、行ひ一たび不義にして、一無罪を殺さば、以て高官大位を得と雖も、仁者は為さざるなり。夫れ大仁は、近きを愛して以て遠きに及び、其の諧はざる所有るに及びては、則ち小仁を虧きて以て大仁に就く。大仁は、恩四海に及ぶ、小仁は、妻子に止まる。妻子は、其の知の利を営むを以て、婦人の恩を以て之を撫し、其の内情を飾り、其の偽を雕画す、孰か其の真に非ざるを知らんや。時に栄を蒙ると雖も、然れども士君子は以て大辱と為す。故に共工・驩兜・符里・鄧析、其の智識する所無きに非ざるなり、然れども聖王の誅する所と為る者は、徳無くして苟くも利するを以てなり。豎刁・易牙、体を毀ち子を殺して以て利を干む、卒に賊と斉に為る。故に人臣仁ならざれば、篡弑の乱生じ、人臣にして仁なれば、国治まり主栄ゆ。明主焉を察すれば、宗廟大いに寧し。夫れ人臣すら猶ほ仁を貴ぶ、況んや人主に於てをや。故に桀紂は不仁を以て天下を失ひ、湯武は積徳を以て海土を有つ。是を以て聖王は徳を貴びて之を務め行ふ。孟子曰く、「恩を推せば以て四海に及ぶに足り、恩を推さざれば以て妻子を保つに足らず。古人の大いに人に過ぐる所以の者は他無し、善く其の有る所を推すのみ」と。