臣軌 / 卷下 誠信章
《呂氏春秋》曰:“信之為功大矣。天行不信則不能成歲、地行不信則草木不大。春之德風、風不信則其花不成、夏之德暑、暑不信則其物不長、秋之德雨、雨不信則其穀不堅、冬之德寒、寒不信則其地不剛。夫以天地之大、四時之化、猶不能以不信成物、況於人乎!故君臣不信、則國政不安、父子不信、則家道不睦、兄弟不信、則其情不親、朋友不信、則其交易絕。
新字:《呂氏春秋》曰:“信之為功大矣。天行不信則不能成歳、地行不信則草木不大。春之徳風、風不信則其花不成、夏之徳暑、暑不信則其物不長、秋之徳雨、雨不信則其穀不堅、冬之徳寒、寒不信則其地不剛。夫以天地之大、四時之化、猶不能以不信成物、況於人乎!故君臣不信、則国政不安、父子不信、則家道不睦、兄弟不信、則其情不親、朋友不信、則其交易絶。
書き下し
呂氏春秋に曰く、信の功たる大なり。天行信ならざれば則ち歳を成す能わず、地行信ならざれば則ち草木大ならず。春の徳は風、風信ならざれば則ちその花成らず。夏の徳は暑、暑信ならざれば則ちその物長ぜず。秋の徳は雨、雨信ならざれば則ちその穀堅からず。冬の徳は寒、寒信ならざれば則ちその地剛からず。それ天地の大、四時の化を以てすら、猶お信ならざるを以て物を成す能わず、況んや人に於てをや。故に君臣信ならざれば、則ち国政安からず。父子信ならざれば、則ち家道睦まじからず。兄弟信ならざれば、則ちその情親しからず。朋友信ならざれば、則ちその交わり絶えやすし。
現代語訳
呂氏春秋にいう。信の働きは大きい。天の運行が信でなければ年を成すことができず、地の運行が信でなければ草木は大きくならない。春の徳は風であり、風が信でなければ花は咲かない。夏の徳は暑であり、暑が信でなければ物は育たない。秋の徳は雨であり、雨が信でなければ穀は実らない。冬の徳は寒であり、寒が信でなければ地は固まらない。天地の大きさ、四季の変化をもってしても、信でなければ物を成せない。まして人においてはなおさらだ。だから君臣に信がなければ国政は安らかでなく、父子に信がなければ家は睦まじくなく、兄弟に信がなければ情は親しくなく、友に信がなければ交わりは絶えやすい。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『春秋左氏伝』昭公十三年 存亡の道君苟くも信有らば、諸侯貳せず、何をか患へん。之に告ぐるに文辭を以ってし、之を董すに武師を以ってせば、齊許さずと雖も、君の庸多からん。天子の老、請ふ王賦を帥ゐて、元戎十乘、以って先づ行を啟かん。遲速は唯だ君のままなり」と。叔向齊に告げて曰く、「諸侯盟を求めて、已に此に在り。今君利とせず、寡君以って請ふと為す」と。對へて曰く、「諸侯貳を討たば、則ち尋盟有り。若し皆命を用ひば、何の盟をか之れ尋めん」と。叔向曰く、「國家の敗るるは、事有りて業無ければ、事則ち經ならず。業有りて禮無ければ、經則ち序あらず。禮有りて威無ければ、序則ち共ならず。威有りて昭らかならざれば、共則ち明らかならず。明らかならずして共を棄つれば、百事終はらず、傾覆する所由なり。是の故に明王の制、諸侯をして歲ごとに聘して以って業を志し、間朝して以って禮を講じ、再朝して會して以って威を示し、再會して盟ひて以って昭明を顯さしむ。業を好に志し、禮を等に講じ、威を眾に示し、明を神に昭らかにす。古より以來、未だ之を或いは失はざるなり。存亡の道、恆に是に由りて興る。晉禮もて盟を主る、
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呂氏春秋・貴信②天行信ならざれば、歲を成すこと能わず。地行信ならざれば、草木大ならず。春の德は風、風、信ならざれば、其の華盛ならず。華盛ならざれば、則ち果實生ぜず。夏の德は暑なり。暑、信ならざれば、其の土肥えず。土肥えざれば、則ち長遂精ならず。秋の德は雨なり。雨、信ならざれば、其の穀堅からず。穀堅かざれば、則ち五種成らず。冬の德は寒なり。寒、信ならざれば、其の地剛ならず。地剛ならざれば、則ち凍閉開かず。天地の大、四時の化すら、猶ほ信ならざるを以て物を成すこと能わず。又況んや人事をや。君臣、信ならずんば、則ち百姓誹謗し、社稷寧かならず。官を處くこと信ならずんば、則ち少、長を畏れず、貴賤相輕んず。賞罰信ならずんば、則ち民易しく法を犯して、使令す可からず。交友、信ならずんば、則ち離散鬱怨して、相親しむこと能わず。百工、信ならずんば、則ち器械苦偽して、丹漆染色貞ならず。夫れ與に始めを為す可く、與に終りを為す可く、與に尊通なる可く、與に卑窮なる可き者は、其れ唯だ信か。信にして又信、身に重襲すれば、乃ち轉に通ず。此を以て人を治むれば、則ち膏雨甘露降り、寒暑四時當たらん。
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論語・顔淵篇子貢、政を問う。子曰く、「食を足し、兵を足し、民之を信ず。」子貢曰く、「必ず已むを得ずして去らば、斯の三者に於いて何をか先にせん。」曰く、「兵を去らん。」子貢曰く、「必ず已むを得ずして去らば、斯の二者に於いて何をか先にせん。」曰く、「食を去らん。古より皆死有り、民信無くんば立たず。」
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『五常訓』巻之五・信一孔子曰く、信なれば則ち人任ず。信実にして、言に偽なければ、一たび約したること、其首尾たがはず。故に人たのもしく思ひて、打任せて疑はず。是人任するなり。もし信ならざれば、約ちがひて、其いへる事、朝夕にかはりて、たのもしげなし。何ぞ任せんや。凡君の、臣にまじはり、国人にまじはり、朋友の相まじはる、吏人の民に対する、皆信あるべし。信なければ、人の交の道たえて行はれず。たのみ無ければなり。
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『五常訓』巻之五・信一子曰く、人にして信無くんば其の可なるを知らざるなり。人の心信実なるは、万事の基にして、人にまじはるの道なり。若信なければ、万事すべて、偽なれば、人にまじはりて、如何ぞ善なるべき。たとへば大車の荷車に輗なければ、牛の首に車をかくる事ならず。小車の乗車に軏なければ、車を馬にかくる事ならず。車と牛馬とは別の物なれど、輗と軏とあれば、是を以て牛馬に車をかけて引かしむべし。若此ものなくんば、何を以てか車をやるべきや。人にまじはるに信ならざるも、亦かくの如し。人と我とは、二物なり。信実を以て交はれば、互に感通して、道行はる。若信なくして人と交はらば、我人にまことなく、人我を信ぜず。彼と我と感通せず。何を以てか道行はれんや。
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『弁名』忠信信とは、言必ず徴有るを謂ふなり。世多く言に欺詐無きを以て之を解す。苟も言必ず徴有るを以て心と為せば、則ち欺詐無きは道ふに足らず。「信は義に近ければ、言復むべし」の如き、是れ其の言徴有りと雖も、必ず先王の義に合はんと欲す。若し言義に合はずんば、則ち其の言を践まんと欲すと雖も亦た得べからざる者有り。其の究め終に徴無きに至るなり。朱子は「約信を誓と曰ふ」を引きて、信を訓じて約と為す。是れ其の解を知らざるのみ。又「民信無くんば立たず」の如きは、民の其の上を信ずるを謂ふなり。其の号令を慎み、敢へて民を欺かざれば、則ち民之を信ず。然れども之を信じて畏るるは、之を信じて懐くに如かず。故に必ず能く民の父母と為りて、而る後に民の信ずること至る。
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