臣軌 / 卷上 守道章
夫道者、無為無形、內以修身、外以理人。故君臣有道即忠惠、父子有道即慈孝、士庶有道即相親。故有道即和同、無道即離貳。
新字:夫道者、無為無形、内以修身、外以理人。故君臣有道即忠恵、父子有道即慈孝、士庶有道即相親。故有道即和同、無道即離貳。
書き下し
それ道なる者は、無為無形なり。内は以て身を修め、外は以て人を理む。故に君臣に道有れば即ち忠恵、父子に道有れば即ち慈孝、士庶に道有れば即ち相い親しむ。故に道有れば即ち和同し、道無ければ即ち離貳す。
現代語訳
道というものは、為すことなく形もない。内では身を修め、外では人を治める。だから君臣に道があれば忠と恵が生まれ、父子に道があれば慈と孝が生まれ、士庶に道があれば互いに親しむ。だから道があれば和して同じくなり、道がなければ離れて二つになる。
解説
文子からの引用である。同じ道が、関係の種類ごとに違う徳として現れるという構図が要点だ。君臣なら忠と恵、父子なら慈と孝、庶民どうしなら親しみ。徳を個別に数え上げるのではなく、一つの根から関係に応じて出てくるものとして扱う。そして結論が二語に収束する。道があれば和同、なければ離貳。同じ組織にいながら心が二つに割れている状態を「離貳」と呼ぶのは的確で、制度や待遇の問題として現れる前に、この段階で始まっている。
この章句が説くこと
無為無形内は身を修め外は人を理む和同と離貳文子根本
関連する章句
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『臣軌』卷上 守道章是れに由りて之を観れば、道無ければ宜しからざるなり」と。『管子』に曰く、「道なる者は、一人之を用いて余り有るを聞かず、天下之を行いて足らざるを聞かず。所謂道なる者は、小しく焉を取れば則ち小しく福を得、大いに焉を取れば則ち大いに福を得。道なる者は、其の身を正して其の心を清くする所以の者なり。故に道身に在れば、則ち言自ずから順い、行い自ずから正しく、君に事えて自ずから忠、父に事えて自ずから孝なり」と。『淮南子』に曰く、「大道の行わるるは、猶お日月のごとし。江南河北も其の所を易うる能わず、馳騖すること千里なるも其の処を移す能わず。其の趨舎礼俗、通ぜざる所無し。是を以て容成は之を得て軒輔と為り、傅説は之を得て殷相と為る。故に魚を致さんと欲する者は先ず水を通じ、鳥を致さんと欲する者は先ず木を樹え、忠を立てんと欲する者は先ず道を知る」と。又曰く、「古の徳を立つる者は、道を楽しみて賤しきを忘る、故に名も心を動かさず。道を楽しみて貧しきを忘る、故に利も志を動かさず。職繁くして身逾々逸し、官大にして事逾々少なし。静かにして欲無く、淡くして能く閑かなり。此れを以て身を修むれば、乃ち道を知ると謂う可し。道を知らざる者は、其の有る所以を釈てて、其の未だ得ざる所を求む。神は謀に労し、知は事に煩う。福至れば則ち喜び、禍至れば則ち憂う。禍福萌生すれども、終身悟らず、此れ道を知らざるに由るなり」と。『説苑』に曰く、「山其の高きを致して雲雨起こり、水其の深きを致して蛟竜生じ、君子其の道を致して福禄帰す。万物其の本を得れば則ち生じ、百事其の道を得れば則ち成る」と。
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『臣軌』卷上 守道章此れを以て退居して閑遊すれば、江海山林の士服し、此れを以て時を佐けて主を匡せば、忠立ち名顕れて身栄ゆ。退けば則ち巣・許の流、進めば則ち伊・望の倫なり。故に道の在る所は、聖人之を尊ぶ。『老子』に曰く、「道は常に無為にして為さざる無し。侯王若し能く之を守らば、万物将に自ら化せんとす」と。「道を以て入主を佐くる者は、兵を以て天下に強いず」と。「夫れ佳兵なる者は、不祥の器なり。故に道有る者は処らず」と。又曰く、「上士は道を聞けば、勤めて之を行う。中士は道を聞けば、存するが若く亡きが若し。下士は道を聞けば、大いに之を笑う。笑わざれば以て道と為すに足らず」と。『荘子』に曰く、「夫れ道を体する者は、天の怨み無く、人の非り無く、物の累い無く、鬼の責め無し。一心定まりて万事得らる」と。『文子』に曰く、
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『童子問』卷上問ふ、何をか人の外に道無しと謂ふと。曰く、人とは何ぞ。君臣なり、父子なり、夫婦なり、昆弟なり、朋友なり。夫れ道は一のみ。君臣に在りては之を義と謂ひ、父子には之を親と謂ひ、夫婦には之を別と謂ひ、昆弟には之を叙と謂ひ、朋友には之を信と謂ふ。皆人に由りて顕はる。人無ければ則ち以て道を見ること無し。故に曰く、人の外に道無しと。何をか道の外に人無しと謂ふ。曰く、道とは何ぞ。仁なり、義なり、礼なり、智なり。人其の中に囿まれて、須臾も離るることを得ず。離るれば則ち人に非ざるなり。故に曰く、道の外に人無しと。凡そ天地の外・古今の遠きを説きて、人倫に資すること無く、天下国家の治に益すること無き者は、皆邪説の魁なり。設令宇宙の外に復た宇宙有りとも、苟も人其の間に生まるること有らば、必ず当に君臣父子夫婦の倫有りて、仁義礼智の道に循ふべし。故に曰く、人に由りて顕はる、人無ければ則ち以て道を見ること無しと。謹んで此の説を聴き、異説の惑はす所と為ること勿かれ。
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『臣軌』卷上 守道章夫れ道なる者は、天を覆い地を載せ、高くして際む可からず、深くして測る可からず。万物を苞裹し、無形を稟授す。之を舒ぶれば六合を覆い、之を巻けば一握に盈たず。小にして能く大に、昧くして能く明らかに、弱くして能く強く、柔らかにして能く剛し。
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文子・道德聖人は之に法り、卑き者は自ら下る所以、退く者は自ら後る所以、倹なる者は自ら小なる所以、損なう者は自ら少なき所以なり。卑ければ則ち尊く、退けば則ち先んじ、倹なれば則ち広く、損なえば則ち大なり。此れ天道の成す所なり。夫れ道なる者は、徳の元、大の根、福の門、万物待ちて生じ、待ちて成り、待ちて寧し。夫れ道は、無為無形にして、内は以て身を修め、外は以て人を治め、功成り事立ちて、天と隣を為す。無為にして為さざる無く、其の情を知る莫く、其の真を知る莫きも、其の中に信有り。天子道有れば則ち天下服し、長く社稷を有ち、公侯道有れば則ち人民和睦し、其の国を失わず、士庶道有れば則ち其の身を全うし、其の親を保つ。強大も道有れば、戦わずして克ち、小弱も道有れば、争わずして得、事を挙ぐるに道有れば、功成りて福を得、君臣道有れば則ち忠恵あり、父子道有れば則ち慈孝あり、士庶道有れば則ち相愛す。故に道有れば則ち和し、道無ければ則ち苛なり。是に由りて之を観れば、道の人に於けるや、宜しからざる所無きなり。
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文子・上仁人君の道は、無為にして就す有り、立つ有りて好む無し。為す有れば即ち議せられ、好む有れば即ち諛われ、議せられれば即ち奪う可く、諛われれば即ち誘う可し。夫れ建つるを以て人に制せらるる者は、国を持つ能わず。故に善く建つる者は抜けずと、建つるの無形なるを言うなり。唯だ神化する者のみ、物の能く勝つ莫し。中の欲出でざる、之を扄と謂い、外の邪入らざる、之を閉と謂う。中は扄にして外は閉ざせば、何の事か節せざらん。外は閉ざし中は扄にすれば、何の事か成らざらん。故に之を用いず、之を為さずして、之を用うる有り、之を為す有り。伐らざるの言、奪わざるの事、名に循いて実を責め、自ずから有司あらしむ。不知を以て道と為し、苛を禁ずるを以て主と為す。此の如くなれば則ち百官の事、各おの考うる所有り。
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