臣軌 / 序
然則君親既立、忠孝形焉。奉國奉家、率由之道寧二、事君事父、資敬之途斯一。臣主之義、其至矣乎!休戚是均、可不深鑒。
新字:然則君親既立、忠孝形焉。奉国奉家、率由之道寧二、事君事父、資敬之途斯一。臣主之義、其至矣乎!休戚是均、可不深鑒。
書き下し
然れば則ち君親すでに立ちて、忠孝焉に形わる。国に奉じ家に奉ずる、率由の道は寧んぞ二ならん、君に事え父に事うる、資敬の途はこれ一なり。臣主の義、それ至れるかな。休戚はこれ均し、深く鑒みざるべけんや。
現代語訳
そうであれば、君と親という二つが立って、そこに忠と孝が形をとって現れる。国に奉じるのと家に奉じるのと、その従うべき道がどうして二つあろうか。君に仕えるのと父に仕えるのと、敬いを注ぐ道はひとつである。君臣の義とは、まことに極まったものだ。喜びも憂いも君臣は等しく分け合う。深く鑑みないでよいだろうか。
解説
忠と孝を一つの道の二つの現れとして説く、東アジアの標準的な論法である。ただし臣軌でこの句が効くのは、次の一句と組んでいるからだ。「休戚これ均し」——喜びも憂いも、君と臣は等しく分け合う。仕える側だけが一方的に尽くすのではなく、状態を共有する関係として君臣を定義している。この前提があるから、後の同体章で「君憂うれば臣も楽しめない」という話につながる。序は則天武后自身の筆によるとされ、末尾に「御撰」と記される。臣下に配るために書かれた書の、その動機がここにある。
この章句が説くこと
休戚これ均し忠孝は一つの道資敬の途臣主の義忠孝
関連する章句
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葉隠・聞書第一忠臣は孝子の門に尋ねよとあり。随分(ずいぶん)心を尽くして孝行すべき事なり。奉公に精を出す人は自然にはあれども、孝行に精出す人は稀なり。よき者には他人も懇(ねんご)ろに、亡き後にて残り多く、孝行に精出す人は稀なり。無理なる人、無理なる親にてなくば知れまじきなり。
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