臣軌 / 序
何則?正言斯重、玄珠比而尚輕、巽語為珍、蒼璧喻而非寶。是知贈人以財者、唯申即目之歡、贈人以言者、能致終身之福。
新字:何則?正言斯重、玄珠比而尚軽、巽語為珍、蒼璧喻而非宝。是知贈人以財者、唯申即目之歓、贈人以言者、能致終身之福。
書き下し
何となれば、正言はこれ重く、玄珠も比して尚お軽し。巽語は珍と為し、蒼璧も喩えて宝に非ず。是を知る、人に贈るに財を以てする者は、唯だ即目の歓を申ぶるのみ、人に贈るに言を以てする者は、能く終身の福を致す。
現代語訳
なぜなら、正しい言葉は重いものであって、黒い宝玉を並べてもなお軽い。へりくだった言葉は珍宝であって、青い璧をたとえに出しても宝とは言えない。だから分かる。人に財を贈る者は、その場かぎりの喜びを与えるだけである。人に言葉を贈る者は、その人の生涯にわたる福をもたらすのだ。
解説
臣軌は則天武后が垂拱元年(六八五)に撰した、臣下のための書である。帝範が唐太宗の君主論であるのに対し、こちらは臣下の側の作法を十章にまとめた。序の締めくくりに置かれたのがこの一節で、なぜ書物を臣下に配るのかという理由になっている。財を贈るのはその場の喜び、言葉を贈るのは生涯の福。だから自分は言葉を配る、と。中国では早くに散逸し、日本にのみ伝わって残った書でもある。上に立つ者が部下に何を渡すかという問いとして読める。
この章句が説くこと
臣軌人に贈るに言を以てす終身の福則天武后
関連する章句
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『臣軌』題《臣軌》後唐の武后撰『臣軌』二巻、太宗の『帝範』と並び行わる。今も亦た合刻本の世に流布する有り。二書は『唐志』に著録せられて『宋志』に載せず。『臣軌』は唯だ鄭樵の『芸文略』のみ並せてこれを載す。その他に見ゆる無きなり。清の乾隆中『四庫全書』を纂するに及び、『帝範』は独り『永楽大典』より録出せられて、『臣軌』に及ばず。則ち亦た存せざるに似たり。
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『臣軌』序然れば則ち君親すでに立ちて、忠孝焉に形わる。国に奉じ家に奉ずる、率由の道は寧んぞ二ならん、君に事え父に事うる、資敬の途はこれ一なり。臣主の義、それ至れるかな。休戚はこれ均し、深く鑒みざるべけんや。
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貞観政要・慎言語貞観二年、太宗侍臣に謂いて曰く、「朕は毎日、朝に坐す。一言を出さんと欲すれば、即ち此の一言、百姓に利益有るや否やを思う。多く言うを敢えてせざる所以なり」と。給事中兼知起居事杜正倫進みて曰く、「君の挙は必ず書せられ、言は左史に存す。臣の職は当に兼ねて起居注を修むべし。敢えて愚直を尽くさずんばあらず。陛下若し一言、道理に乖(そむ)かば、則ち千載、聖徳を累(わずら)わす。止(た)だ当今、百姓に損するのみに非ず。願わくは陛下、之を慎め」と。太宗大いに悦び、彩百段を賜う。
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『臣軌』卷下 廉潔章清静無為なれば、則ち天これに時を与う。恭廉節を守れば、則ち地これに財を与う。君子は富貴と雖も、養を以て身を傷つけず。貧賤と雖も、利を以て廉を毀たず。吏たるを知る者は、法を奉じて以て人を利す。吏たるを知らざる者は、法を枉げて以て人を侵す。官を理むるは平に如くは莫く、財に臨むは廉に如くは莫し。廉平の徳は、吏の宝なり。
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『帝範』序朕(ちん)聞(き)く、大徳(たいとく)を生(せい)と曰(い)ひ、大寳(たいほう)を位(くらゐ)と曰(い)ふと。其(そ)の上下(しょうげ)を辨(わきま)へ、之(これ)に君臣(くんしん)を樹(た)つるは、黎元(れいげん)を撫育(ぶいく)し、庶類(しょるい)を鈞陶(きんとう)する所以(ゆゑん)なり。克(よ)く明(めい)に克(よ)く哲(てつ)に、允(まこと)に武(ぶ)に允(まこと)に文(ぶん)に、皇天(こうてん)命(めい)を眷(かへり)み、歴數(れきすう)躬(み)に在(あ)るに非(あら)ざるよりは、安(いづく)んぞ濫(みだ)りに靈圖(れいと)を握(にぎ)り、叨(みだ)りに神器(しんき)に臨(のぞ)む可(べ)けんや。是(ここ)を以(も)って翠媯(すいき)は唐堯(とうぎょう)の徳(とく)を荐(すす)め、元圭(げんけい)は夏禹(かう)の功(こう)に錫(たま)ふ。丹字(たんじ)祥(しょう)を呈(てい)して、周(しゅう)は八百(はっぴゃく)の祚(そ)を開(ひら)き、素靈(それい)瑞(ずい)を表(あらは)して、漢(かん)は重世(ちょうせい)の基(もとゐ)を啓(ひら)く。此(これ)に由(よ)って之(これ)を觀(み)れば、帝王(ていおう)の業(ぎょう)は、力(ちから)を以(も)って爭(あらそ)ふ可(べ)き者(もの)に非(あら)ざるなり。
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『臣軌』卷下 廉潔章宋人、或るひと玉を得て、これを司城子罕に献ず。子罕受けず。玉を献ずる者曰く、「以て玉人に示すに、玉人以て宝と為す。故に敢えてこれを献ず」と。子罕曰く、「我は不貪を以て宝と為し、爾は玉を以て宝と為す。もし以て我に与えば、皆な宝を喪うなり。人おのおのその宝を有つに若かず」と。