貞観政要 / 慎言語
貞觀二年,太宗謂侍臣曰:「朕每日坐朝,欲出一言,即思此一言於百姓有利益否,所以不敢多言。」給事中兼知起居事杜正倫進曰:「君舉必書,言存左史。臣職當兼修起居註,不敢不盡愚直。陛下若一言乖於道理,則千載累於聖德,非止當今損於百姓,願陛下慎之。」太宗大悅,賜彩百段。
新字:貞観二年,太宗謂侍臣曰:「朕毎日坐朝,欲出一言,即思此一言於百姓有利益否,所以不敢多言。」給事中兼知起居事杜正倫進曰:「君舉必書,言存左史。臣職当兼修起居註,不敢不尽愚直。陛下若一言乖於道理,則千載累於聖徳,非止当今損於百姓,願陛下慎之。」太宗大悦,賜彩百段。
書き下し
貞観二年、太宗侍臣に謂いて曰く、「朕は毎日、朝に坐す。一言を出さんと欲すれば、即ち此の一言、百姓に利益有るや否やを思う。多く言うを敢えてせざる所以なり」と。給事中兼知起居事杜正倫進みて曰く、「君の挙は必ず書せられ、言は左史に存す。臣の職は当に兼ねて起居注を修むべし。敢えて愚直を尽くさずんばあらず。陛下若し一言、道理に乖(そむ)かば、則ち千載、聖徳を累(わずら)わす。止(た)だ当今、百姓に損するのみに非ず。願わくは陛下、之を慎め」と。太宗大いに悦び、彩百段を賜う。
現代語訳
貞観二年、太宗が側近の臣に言った。「私は毎日、朝廷に座る。一言を発しようとするたび、この一言が民に利益があるかどうかを考える。だから多くを語ろうとしない」。給事中で起居注の記録も兼ねる杜正倫が進み出て言った。「君主の行いは必ず記録され、言葉は史官に残ります。臣の職は起居注を修めることを兼ねております。あえて愚直を尽くさずにいられません。陛下がもし一言、道理に背けば、千年にわたって聖徳を損ないます。ただ今の民に損害を与えるだけではありません。願わくは陛下、慎まれますように」。太宗は大いに喜び、絹百段を賜った。
解説
この章句が説くこと
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貞観政要・慎言語貞観八年、太宗侍臣に謂いて曰く、「言語なる者は、君子の枢機なり。談ずること何ぞ容易ならんや。凡そ衆庶に在りて、一言不善なれば、則ち人之を記し、其の恥累を成す。況んや是れ万乗の主をや。言を出して乖失する所有るべからず。其の虧損する所は至大なり。豈に匹夫に同じからんや。我は常に此を以て戒と為す。隋の煬帝、初め甘泉宮に幸す。泉石は意に称う。而して螢火の無きを怪しむ。敕して云う、『多少を捉取して宮中に於て夜を照らせ』と。所司は遽かに数千人を遣わして采拾せしめ、五百輿を宮側に送る。小事すら尚お爾(しか)り。況んや其の大なるをや」と。魏徴対えて曰く、「人君は四海の尊に居る。若し虧失有らば、古人は以て日月の蝕の如く、人皆な之を見ると為す。実に陛下の戒慎する所の如し」と。
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貞観政要・慎言語貞観十六年、太宗は公卿と古道に言い及ぶ毎に、必ず詰難して往復す。散騎常侍劉洎、書を上りて諫めて曰く、「帝王の凡庶と、聖哲の庸愚と、上下相い懸(へだ)たり、擬倫は斯に絶ゆ。是れ知る、至愚を以て至聖に対し、極卑を以て極尊に対せば、徒らに自ら強めんと思うも、得べからざるを。陛下は恩旨を降し、慈顔を仮し、旒(りゅう)を凝らして以て其の言を聴き、襟を虚しくして以て其の説を納る。猶お恐る、群下の未だ敢えて対揚せざるを。況んや神機を動かし、天辯を縦(ほしいまま)にし、辞を飾りて以て其の理を折り、古を援(ひ)きて以て其の議を排せば、凡庶をして何ぞ階(よ)りて応答せしめんと欲するや。臣聞く、皇天は無言を以て貴と為し、聖人は不言を以て徳と為す、と。老子は『大辯は訥なるが若し』と称し、荘生は『至道は文無し』と称す。此れ皆な煩わしきを欲せざるなり。是を以て斉侯の書を読むに、輪扁窃かに議す。漢皇の古を慕うに、長孺譏りを陳ぶ。此れ亦た労するを欲せざるなり。且つ多く記さば則ち心を損じ、多く語らば則ち気を損ず。心気は内に損じ、形神は外に労す。初めは覚えずと雖も、後には必ず累と為らん。須らく社稷の為に自ら愛すべし。豈に性の好むが為に自ら傷らんや。窃かに以えらく、今日の升平は、皆な陛下の力行の至す所なり。其の長久ならんことを欲せば、辯博に由るに匪ず。但だ当に彼の愛憎を忘れ、茲の取捨を慎み、事毎に敦朴、至公に非ざる無く、貞観の初めの若くんば、則ち可なり。秦政の強辯の如きは、人心を自矜に失う。魏文の宏材は、衆望を虚説に虧く。此れ才辯の累なり。皎然として知るべし。伏して願わくは茲の雄辯を略し、浩然として気を養い、彼の緗図を簡にし、淡焉として怡悦せば、万寿を南岳に固くし、百姓を東戸に斉しくせん。則ち天下幸甚、皇恩斯に畢(お)わらん」と。太宗手詔して答えて曰く、「慮るに非ずんば以て下に臨む無く、言うに非ずんば以て慮を述ぶる無し。比(このごろ)談論有り、遂に煩多に至る。物を軽んじ人に驕るは、恐らくは茲の道に由らん。形神心気、此に非ざれば労を為さず。今、讜言を聞く。懐を虚しくして以て改めん」と。
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貞観政要・慎終伏して惟うに陛下、年は甫(はじ)めて弱冠にして、大いに横流を拯(すく)い、区宇を削平し、肇(はじ)めて帝業を開く。貞観の初め、時に方(まさ)に克壮なり。嗜欲を抑損し、躬ら節倹を行う。内外は康寧にして、遂に至治に臻(いた)る。功を論ずれば則ち湯・武も方(くら)ぶるに足らず。徳を語れば則ち堯・舜も未だ遠しと為さず。臣は左右に擢居せられてより、十有余年。帷幄に侍する毎に、屢々明旨を奉ず。常に仁義の道を許し、之を守りて失わず。倹約の志、終始して渝(かわ)らず。一言、邦を興すとは、斯れ之を謂うなり。徳音は耳に在り。敢えて之を忘れんや。而るに頃年より以来、稍(やや)曩志(のうし)に乖(そむ)き、敦朴の理、漸く克く終えず。謹んで聞く所を以て、之を左に列す。
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貞観政要・杜讒邪貞観十六年、太宗諫議大夫褚遂良に謂いて曰く、「卿は起居を知る。比来、我が行事の善悪を記すか」と。遂良曰く、「史官の設くるは、君の挙は必ず書す。善は既に必ず書す。過も亦た隠す無し」と。太宗曰く、「朕は今、勤めて三事を行う。亦た史官の吾が悪を書かざらんことを望む。一には則ち前代の成敗の事を鑒み、以て元亀と為す。二には則ち善人を進用し、共に政道を成す。三には則ち群小を斥棄し、讒言を聴かず。吾は能く之を守り、終に転ぜざらん」と。
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