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詩経 / 周頌・清廟之什・思文

《思文》,后稷配天也。 思文后稷,克配彼天。立我烝民,莫匪爾極。貽我來牟,帝命率育。無此疆爾界,陳常于時夏。

新字:《思文》,后稷配天也。 思文后稷,克配彼天。立我烝民,莫匪爾極。貽我来牟,帝命率育。無此疆爾界,陳常于時夏。

書き下し

思文(しぶん)は、后稷(こうしょく)天に配するなり。 思(ああ)文なる后稷、克(よ)く彼の天に配す。我が烝民(じょうみん)を立(りゅう)す、爾(なんじ)の極(きわみ)に匪(あら)ざる莫し。我に来牟(らいぼう)を貽(おく)る、帝の命じて率(あまね)く育(やしな)わしむ。此の疆(さかい)爾の界(さかい)無く、常を時(こ)の夏に陳(し)く。

現代語訳

「思文」の詩は、后稷を天に配して祀ったときの歌である。 ああ、文徳ある后稷は、あの天と並んで祀られるにふさわしい。われら多くの民を養い立たせてくれたのは、すべてあなたの徳の極みによる。われらに小麦と大麦を授け、天帝が命じてあまねく民を養わせた。ここは自分の境、そこはおまえの境と分け隔てることなく、農の常の道をこの中国に広く敷き行き渡らせた。

解説

周の始祖とされる后稷を、天と並べて祀る周頌の歌である。后稷は農耕を始めた祖とされ、この詩では民を養い、麦を授け、境を分け隔てずに農の道を天下に広めた功がたたえられる。毛詩序は后稷を天に配する詩とする。『孝経』にも、周公が郊外の祭りで后稷を天に配したとあり、周が自らの祖を農の神として天と並べて祀ったことがわかる。大雅の「生民」は后稷の誕生と農耕の始まりを長く歌い、この短い頌はその要約のような位置にある。「此の疆爾の界無く」という句は、食を得る道は誰かが独り占めするものではなく、境を越えて広めるべきものだという考えを示している。生活の基盤を人々に分け与えた者こそが最も尊ばれる、という周の価値観がここにある。

この章句が説くこと

詩経后稷農祭祀周頌

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