史記 / 蘇秦列伝
夫外挾彊秦之威以內劫其主,以求割地,大逆不忠,無過此者。故從親則諸侯割地以事楚,衡合則楚割地以事秦,此兩策者相去遠矣,二者大王何居焉?故敝邑趙王使臣效愚計,奉明約,
新字:夫外挟彊秦之威以内劫其主,以求割地,大逆不忠,無過此者。故従親則諸侯割地以事楚,衡合則楚割地以事秦,此両策者相去遠矣,二者大王何居焉?故敝邑趙王使臣効愚計,奉明約,
書き下し
夫れ外に彊秦の威を挟みて以て内に其の主を劫し、以て地を割かんことを求む、大逆不忠、此れに過ぐる者無し。故に従親すれば則ち諸侯地を割きて以て楚に事へ、衡合すれば則ち楚地を割きて以て秦に事ふ、此の両策は相去ること遠し、二者大王何れにか居らん。故に敝邑の趙王臣をして愚計を効し、明約を奉ぜしむ、
現代語訳
(蘇秦は楚王に続けた。)「外では強い秦の威光を借り、国内では自分の主君を脅して、土地を割かせようとする。これほどの大逆不忠はない。つまり合従して親しめば、諸侯が土地を割いて楚に仕えることになり、連衡が成れば、楚が土地を割いて秦に仕えることになる。この二つの策は、天と地ほどかけ離れている。大王はこの二つのどちらを選ばれるのか。だからこそ、わが趙王はわたしに愚かな計略を献じさせ、明らかな盟約を奉じさせたのである。
解説
楚の威王を説く蘇秦の言葉の結び近くです。秦の威光を後ろ盾に自分の主君を脅して土地を差し出させる連衡派の家臣を「大逆不忠」と断じたうえで、合従なら諸侯が楚に土地を差し出し、連衡なら楚が秦に土地を差し出すと、二つの道の違いをはっきり対比させ、「大王はどちらを選ぶのか」と迫ります。これまでの長い説得を、最後に単純な二者択一へと集約する話法です。蘇秦は各国で、相手が盟主となるか従属者となるかという構図を示して自尊心に訴えてきましたが、とりわけ楚のような大国にはこの対比が効果的でした。複雑な議論の末に、相手が選ぶべき選択肢を二つに絞って示すことは、会議や商談で決断を引き出すための基本的な技術でもあります。
関連する章句
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史記 蘇秦列伝乃ち西南のかた楚の威王に説きて曰く、「楚は、天下の彊国なり。王は、天下の賢王なり。西に黔中・巫郡有り、東に夏州・海陽有り、南に洞庭・蒼梧有り、北に陘塞・郇陽有り、地方五千余里、帯甲百万、車千乗、騎万匹、粟は十年を支ふ。此れ霸王の資なり。夫れ楚の彊きと王の賢とを以て、天下能く当たる莫きなり。今乃ち西面して秦に事へんと欲す、則ち諸侯西面して章台の下に朝せざるは莫からん。秦の害とする所は楚に如くは莫し、楚彊ければ則ち秦弱く、秦彊ければ則ち楚弱し、其の勢ひ両立せず。故に大王の為に計るに、従親して以て秦を孤にするに如くは莫し。大王従はずんば、秦必ず両軍を起こし、一軍は武関に出で、一軍は黔中に下らん、則ち鄢郢動かん。臣聞く、之を其の未だ乱れざるに治め、之を其の未だ有らざるに為すと。患ひ至りて後に之を憂ふれば、則ち及ぶ無きのみ。故に願はくは大王蚤く孰々之を計れ。大王誠に能く臣に聴かば、臣請ふ山東の国をして四時の献を奉じ、以て大王の明詔を承け、社稷を委ね、宗廟を奉じ、士を練り兵を厲まし、大王の之を用ふる所に在らしめん。大王誠に能く臣の愚計を用ひば、則ち韓・魏・斉・燕・趙・衛の妙音美人必ず後宮に充ち、燕・代の橐駝良馬必ず外廏に実たん。故に従合すれば則ち楚王たり、衡成れば則ち秦帝たり。今霸王の業を釈てて、人に事ふるの名有り、臣竊かに大王の為に取らざるなり。夫れ秦は、虎狼の国なり、天下を呑むの心有り。秦は、天下の仇讎なり。衡人は皆諸侯の地を割きて以て秦に事へんと欲す、此れ所謂仇を養ひて讎を奉ずる者なり。夫れ人臣と為りて、其の主の地を割きて以て彊き虎狼の秦に外交し、以て天下を侵し、卒に秦の患有るも、其の禍を顧みず。
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『長短経』七雄略大王、誠に能く臣に聴かば、臣請う、山東の国をして、四時の献を奉じて、以て大王の明詔を承け、社稷を委ね、宗廟を奉じ、士を陳ね兵を厲まし、大王の之を用うる所に在らしめん。故に縦合すれば則ち楚王たり、横成れば則ち秦帝たり。今、覇王の業を釈てて、人に事うるの名有り。竊かに大王の為に取らざるなり。夫れ秦は、虎狼の国なり。天下を呑むの心有り。秦は、天下の仇讐なり。衡人は皆な諸侯の地を割きて以て秦に事えんと欲す。此れ所謂仇を養いて讐に奉ずるなり。大逆不忠、此に過ぐるは無し。故に従親すれば則ち諸侯は地を割きて以て楚に事え、衡合すれば則ち楚は地を割きて以て秦に事う。此の両策は相い去ること遠し。二者、大王、何くに居らんや。故に敝邑の趙王、臣をして愚計を効し、明約を奉ぜしむ。大王の詔に在り」と。楚王曰く「善し。謹みて社稷を奉じて以て従わん」と。
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戦国策・蘇秦為趙合從說楚威王蘇秦、趙の為に合従し、楚の威王に説きて曰わく、「楚は天下の強国なり。大王は天下の賢王なり。楚の地は西に黔中・巫郡有り、東に夏州・海陽有り、南に洞庭・蒼梧有り、北に汾陘の塞・郇陽有り。地方五千里、帯甲百万、車千乗、騎万匹、粟十年を支う、此れ霸王の資なり。夫れ楚の強きと大王の賢きとを以てせば、天下能く当たる莫し。今乃ち西面して秦に事えんと欲せば、則ち諸侯南面して章台の下に朝せざる莫し。秦の天下に害する所楚に如くは莫し、楚強ければ則ち秦弱く、楚弱ければ則ち秦強し、此れ其の勢い両立せず。故に王の為に至計を為さば、従親して以て秦を孤にするに如くは莫し。大王従親せずんば、秦必ず両軍を起こさん、一軍は武関を出で、一軍は黔中を下らん。此くの若くんば、則ち鄢・郢動かん。臣聞く、之を治むるは其の未だ乱れざるに、之を為すは其の未だ有らざるに、患い至りて後之を憂うれば、則ち及ぶ無きのみ、と。故に願わくは大王早く之を計られんことを。「大王誠に能く臣に聴かば、臣請う山東の国をして四時の献を奉じ、以て大王の明制を承け、社稷宗廟を委ね、士を練り兵を厲がしめ、大王の之を用うる所に在らしめん。大王誠に能く臣の愚計を聴かば、則ち韓・魏・斉・燕・趙・衛の妙音美人、必ず後宮に充たん。趙・代の良馬橐駝、必ず外厩に実たん。故に従合すれば則ち楚王たり、横成れば則ち秦帝たり。今霸王の業を釈てて、人に事うるの名有り、臣竊かに大王の為に取らざるなり。「夫れ秦は虎狼の国なり、天下を呑むの心有り。秦は天下の仇讎なり、横人皆諸侯の地を割きて以て秦に事えんと欲す、此れ所謂仇を養いて讎を奉ずる者なり。夫れ人臣と為りて其の主の地を割き、以て外強虎狼の秦に交わり、以て天下を侵し、卒に秦の患い有るも、其の禍いを顧みず。夫れ外強秦の威を挟みて、以て内其の主を劫かし、以て地を割かんことを求む、大逆不忠、此に過ぐる者無し。故に従親すれば、則ち諸侯地を割きて以て楚に事え、横合すれば、則ち楚地を割きて以て秦に事う。此の両策なる者、相去ること遠し、億兆の数有り。両者大王何にか居らん。故に弊邑の趙王、臣をして愚計を効し、明約を奉ぜしめ、大王之を命ずるに在り。」楚王曰わく、「寡人の国、西のかた秦と境を接し、秦巴蜀を挙げ漢中を并せんとするの心有り。秦は虎狼の国、親しむべからざるなり。而して韓・魏は秦の患いに迫られ、与に深く謀るべからず、人に反きて以て秦に入るを恐る、故に謀未だ発せずして国已に危うし。寡人自ら料るに、楚を以て秦に当たるも、未だ勝つを見ざるなり。内群臣と謀るも、恃むに足らざるなり。寡人臥して席安からず、食して味甘からず、心揺揺として懸旌の如く、終薄する所無し。今君天下を一にし、諸侯を安んじ、危国を存せんと欲す、寡人謹んで社稷を奉じて以て従わん。」
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史記 蘇秦列伝臣竊かに天下の地図を以て之を案ずるに、諸侯の地は秦に五倍し、諸侯の卒を料度するに秦に十倍す、六国一と為り、力を并せて西に郷ひて秦を攻めば、秦必ず破れん。今西面して之に事へ、臣を秦に見ゆ。夫れ人を破ると人に破らるると、人を臣とすると人に臣とせらるるとは、豈に日を同じくして論ずべけんや。夫れ衡人は、皆諸侯の地を割きて以て秦に予へんと欲す。秦成れば、則ち台榭を高くし、宮室を美しくし、竽瑟の音を聴き、前に楼闕軒轅有り、後に長姣の美人有り、国秦の患を被れども其の憂ひに与からず。是の故に夫れ衡人は日夜秦の権を以て諸侯を恐愒して以て地を割かんことを求むるに務む、故に願はくは大王孰々之を計れ。
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史記 蘇秦列伝大王の之に詔するに在り」と。楚王曰く、「寡人の国は西のかた秦と境を接し、秦巴蜀を挙げ漢中を并はするの心有り。秦は、虎狼の国なり、親しむべからざるなり。而して韓・魏は秦の患ひに迫られ、与に深く謀るべからず、与に深く謀らば恐らくは人に反きて以て秦に入らん、故に謀未だ発せずして国已に危ふし。寡人自ら料るに楚を以て秦に当たるも、勝つを見ざるなり。内に群臣と謀るも、恃むに足らざるなり。寡人臥して席に安んぜず、食らひて味を甘しとせず、心揺揺然として県旌の如くにして終に薄る所無し。今主君天下を一にし、諸侯を収め、危国を存せんと欲す、寡人謹んで社稷を奉じて以て従はん」と。是に於いて六国従合して力を并す。蘇秦従約の長と為り、并せて六国に相たり。
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史記 張儀列伝且つ夫れ従を為す者は、以て群羊を駆りて猛虎を攻むるに異なる無し、虎の羊に与ける格はざること明らかなり。今王猛虎に与せずして群羊に与す、臣竊かに以為へらく大王の計過てりと。凡そ天下の彊国は、秦に非ずんば楚、楚に非ずんば秦、両国交々争へば、其の勢ひ両立せず。大王秦に与せずんば、秦甲を下して宜陽に拠り、韓の上地通ぜず。河東に下り、成皋を取らば、韓必ず入りて臣たらん、梁は則ち風に従ひて動かん。秦楚の西を攻め、韓・梁其の北を攻めば、社稷安くんぞ危ふきこと毋きを得んや。且つ夫れ従者は群弱を聚めて至彊を攻め、敵を料らずして軽く戦ひ、国貧しくして数々兵を挙ぐ、危亡の術なり。臣之を聞く、兵如かざる者は与に戦ひを挑むこと勿かれ、粟如かざる者は与に久しきを持すること勿かれと。夫れ従人は弁を飾り辞を虚しくし、主の節を高くし、其の利を言ひて其の害を言はず、卒に秦の禍有らば、為すに及ぶ無きのみ。是の故に願はくは大王の孰々之を計れ。秦は西に巴蜀有り、大船に粟を積み、汶山より起こり、江に浮かびて已に下れば、楚に至ること三千余里。舫船卒を載せ、一舫に五十人と三月の食とを載せ、水を下りて浮かべば、一日に行くこと三百余里、里数多しと雖も、然れども牛馬の力を費やさず、十日に至らずして扜関に距る。扜関驚かば、則ち境より以東尽く城守せん、黔中・巫郡は王の有に非ず。秦甲を挙げて武関を出で、南面して伐たば、則ち北地絶えん。秦兵の楚を攻むるや、危難は三月の内に在り、而して楚の諸侯の救ひを待つは、半歳の外に在り、此れ其の勢ひ相及ばず。夫れ弱国の救ひを恃みて、彊秦の禍を忘る、此れ臣の大王の為に患ふる所以なり。大王嘗て呉人と戦ひ、五たび戦ひて三たび勝ち、陣卒尽く。偏へに新城を守り、存する民苦しむ。臣聞く、功大なる者は危ふくし易く、而して民敝るる者は上を怨むと。
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