史記 / 蘇秦列伝
夫衡人者、皆欲割諸侯之地以予秦。秦成、則高臺榭、美宮室、聽竽瑟之音、國被秦患而不與其憂。是故夫衡人日夜務以秦權恐愒諸侯以求割地、故願大王孰計之也。臣竊以天下之地圖案之、諸侯之地五倍於秦、料度諸侯之卒十倍於秦。六國為一、并力西鄉而攻秦、秦必破矣。
新字:夫衡人者、皆欲割諸侯之地以予秦。秦成、則高台榭、美宮室、聴竽瑟之音、国被秦患而不与其憂。是故夫衡人日夜務以秦権恐愒諸侯以求割地、故願大王孰計之也。臣竊以天下之地図案之、諸侯之地五倍於秦、料度諸侯之卒十倍於秦。六国為一、并力西鄉而攻秦、秦必破矣。
書き下し
夫れ衡人なる者は、皆諸侯の地を割きて以て秦に予へんと欲す。秦成らば、則ち台榭を高くし、宮室を美にし、竽瑟の音を聴き、国秦の患ひを被るも其の憂ひに与らず。是の故に夫れ衡人は日夜務めて秦の権を以て諸侯を恐愒し、以て地を割かんことを求む。故に願はくは大王孰々之を計れ。臣竊かに天下の地図を以て之を案ずるに、諸侯の地は秦に五倍し、諸侯の卒を料度するに秦に十倍す。六国一と為り、力を并せて西郷して秦を攻めば、秦必ず破れん。
現代語訳
「そもそも連衡を説く者たちは、みな諸侯の領土を割いて秦に差し出そうとしている。秦との取引が成れば、彼らは高殿を築き、宮室を美々しく飾り、笛や琴の音を聴いて楽しむ。国が秦の害をこうむっても、その憂いを自分が引き受けることはない。だからこそ連衡の徒は、日夜、秦の勢威をふりかざして諸侯を脅し、領土を割かせようとするのです。どうか大王には、よくよくお考えいただきたい。私がひそかに天下の地図に照らして考えてみますと、諸侯の領土は秦の五倍あり、諸侯の兵力を見積もれば秦の十倍あります。六国が一つになり、力を合わせて西へ向かって秦を攻めれば、秦は必ず破れましょう」。
解説
「相手を利する者の隠れた動機を暴き、力の実態を数字で示して、恐怖に支配された判断を覆す」——蘇秦の説得の要諦を示す一段です。蘇秦は、秦との単独講和(連衡)を勧める論者たち(衡人)の正体を暴きます。彼らは諸侯の領土を割いて秦に差し出そうとするが、それは自分たちが秦から厚遇を受けて贅沢に暮らすためで、国が秦の脅威を受けても痛みを負うのは彼らではない、と。つまり、一見もっともらしい「秦に従え」という助言の裏に、助言者自身の私利があると見抜かせるのです。さらに蘇秦は、恐怖を数字で打ち消します。「地図で計算すれば、諸侯の領土は秦の五倍、兵力は十倍。六国が力を合わせて西へ攻めれば、秦は必ず破れる」。漠然とした「秦は強い」という恐怖に対し、具体的な力の比較という事実を突きつけて、判断の土台を覆した。組織や交渉の教訓は二つ。第一に、耳あたりのいい助言や、譲歩を勧める声には、その助言者自身の利害が隠れていないかを見抜くこと。第二に、漠然とした恐怖や思い込みに流されず、事実・数字で力関係を冷静に把握すること。恐怖に支配されると、本来は勝てる相手に不必要に屈してしまう。蘇秦は、感情(恐怖)と私利(衡人)に曇らされた諸侯の目を、事実の分析によって開かせようとしたのです。
この章句が説くこと
蘇秦連衡策批判助言者の私利恐怖を数字で覆す力の実態事実に基づく判断