呂氏春秋 / 召類②
凡兵之用也,用於利,用於義。攻亂則服,服則攻者利;攻亂則義,義則攻者榮。榮且利,中主猶且為之,有況於賢主乎?故割地寶器,戈劍卑辭屈服,不足以止攻,唯治為足。治則為利者不攻矣,為名者不伐矣。凡人之攻伐也,非為利則固為名也。名實不得,國雖彊大,則無為攻矣。
新字:凡兵之用也,用於利,用於義。攻乱則服,服則攻者利;攻乱則義,義則攻者栄。栄且利,中主猶且為之,有況於賢主乎?故割地宝器,戈剣卑辞屈服,不足以止攻,唯治為足。治則為利者不攻矣,為名者不伐矣。凡人之攻伐也,非為利則固為名也。名実不得,国雖彊大,則無為攻矣。
書き下し
凡そ兵の用うるや、利に用い、義に用う。亂を攻むれば則ち服し、服すれば則ち攻むる者利あり。亂を攻むるは則ち義なり。義なれば則ち攻むる者榮あり。榮にして且つ利なれば、中主猶ほ且つ之を為す。有た況んや賢主に於いてをや。故に割地、寶器戈劍、卑辭屈服は、以て攻を止むるに足らず、唯だ治のみ足れりと為す。治まれば則ち利の為にする者は攻めず、名の為にする者は伐たず。凡そ人の攻伐するや、利の為に非ざれば則ち固より名の為なり。名實得ざれば、,國彊大なりと雖も、則ち攻むるを為すこと無し。
現代語訳
そもそも兵(軍事)を用いるのは、利のためと義のためである。乱れた国を攻めれば相手は服従し、服従すれば攻めた者に利がある。乱れた国を攻めるのは義であり、義であれば攻めた者に栄誉がある。栄誉があり利もあれば、並みの君主でもなおこれを行う、まして賢主ならなおさらだ。だから土地や宝器を割き、武器を差し出しへりくだって屈服しても、攻撃を止めるには足りない。ただ「治まっていること」だけが十分なのだ。国が治まっていれば、利を求める者は攻めず、名を求める者も討たない。そもそも人が攻伐するのは、利のためでなければもとより名のためだ。名も実も得られなければ、国が強大でも攻める理由がない。
解説
戦争の動機を利と義に分けて分析する段です。要点は、割地や屈服といった譲歩では侵略を止められず、国内が治まっていることだけが最良の防衛になるという主張にあります。背景に、乱れた国を攻めれば利も名誉も得られるという現実政治の力学があります。攻める側は利か名を求めるのだから、その両方を与えなければ攻める理由が消えるという逆説的な論理です。譲歩ではなく自らの健全さこそ最大の抑止力だという発想は、危機管理や交渉の現代論にも通じます。
この章句が説くこと
召類兵利義治防衛
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