司馬法 / 天子之義
習貫成則民體俗矣。教化之至也。古者,逐奔不遠,縱緩不及。不遠則難誘,不及則難陷。
新字:習貫成則民体俗矣。教化之至也。古者,逐奔不遠,縦緩不及。不遠則難誘,不及則難陥。
書き下し
習貫成れば則ち民俗を体す。教化の至りなり。古は、奔るを逐うこと遠からず、緩を縦(お)うこと及ばず。遠からざれば則ち誘い難く、及ばざれば則ち陥れ難し。
現代語訳
習慣が身につけば、民はそれを風俗として体得する。これが教化の極みである。昔は、逃げる敵を遠くまで追わず、退く敵を追い詰めるところまで追撃しなかった。遠くまで追わなければ(敵に)おびき出されにくく、追い詰めるところまで行かなければ(敵の)罠に陥れられにくい。
解説
前半は、教えが習慣になり、やがて民の風俗として身に染みつくところに教化の完成を見る。後半は、逃げる敵を深追いしないという古の戦い方を、今度は礼ではなく利害の面から説明している。深追いしなければ誘い出されず、追い詰めなければ伏兵の罠にかからない。仁本篇では同じ深追いの禁止を礼として語っていたが、ここでは実戦上の安全策としても理にかなうと示し、礼と実利が矛盾しないことを見せている。この後には、礼をもって固めとし仁をもって勝ちとする、という句が続く。仕事でも、相手が引いたときに勢いで追い込みすぎると、思わぬ反撃や信頼の損失を招く。節度は美徳であると同時に、身を守る知恵でもある。
関連する章句
-
司馬法・仁本天下既に平らぎ、天子大いに愷(がい)し、春は蒐(しゅう)し秋は獮(せん)す。諸侯は春に旅を振い、秋に兵を治む。戦を忘れざる所以なり。古は、奔るを逐うこと百歩を過ぎず、綏(すい)を縦(お)うこと三舎を過ぎず、是を以て其の礼を明らかにす。不能を窮めずして傷病を哀憐す、是を以て其の義を明らかにす。列を成して皷(こ)す、是を以て其の信を明らかにす。
-
司馬法・天子之義兵を交え刃を致すと雖も、徒は趨(はし)らず、車は馳せず、奔るを逐うに列を踰えず、是を以て乱れず。軍旅の固きは、行列の政を失わず、人馬の力を絶たず、遅速誡命を過ぎず。古は、国容は軍に入らず、軍容は国に入らず。軍容国に入れば則ち民の徳廃れ、国容軍に入れば則ち民の徳弱し。故に
-
司馬法・天子之義礼を以て固と為し、仁を以て勝と為す。
-
司馬法・天子之義古の民を教うるや、必ず貴賤の倫経を立て、相陵(しの)がざらしむ。徳義相踰えず、材技相掩わず、勇力相犯さず。故に力同じくして意和す。古は、国容は軍に入らず、軍容は国に入らず、故に徳義相踰えず。上は伐(ほこ)らざるの士を貴ぶ、伐らざるの士は、上の器なり。苟(いやしく)も伐らざれば則ち求むること無く、求むること無ければ則ち争わず。国中の聴は、必ず其の情を得、軍旅の聴は、必ず其の宜を得、故に材技相掩わず。命に従うを士の上賞と為し、命を犯すを士の上戮と為す、故に勇力相犯さず。既に其の民を教うるを致し、然る後に謹んで選びて之を使う。事極めて修まれば則ち百官給(た)る。
-
司馬法・嚴位人方(まさ)に性有り、性は州ごとに異なり、教えは俗を成し、俗は州ごとに異なり、道は俗を化す。凡そ衆寡は、既に勝つも否ざるが若くす。兵は利を告げず、甲は堅きを告げず、車は固きを告げず、馬は良きを告げず、衆は自ら多しとせず、未だ道を獲ざればなり。
-
司馬法・天子之義軍に在りては抗して立ち、行に在りては遂(すす)みて果たし、介者は拝せず、兵車は式せず、城上は趨らず、危事は歯(よわい)せず。故に礼と法とは表裏なり。文と武とは左右なり。古は、賢王民の徳を明らかにし、民の善を尽くす、故に廃徳無く、簡民無く、賞は生ずる所無く、罰は試みる所無し。有虞氏は賞せず罰せずして民用うべし、至徳なり。夏は賞して罰せず、至教なり。殷は罰して賞せず、至威なり。周は賞罰を以てす、徳衰うるなり。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る