司馬法 / 仁本
內得愛焉,所以守也;外得威焉,所以戰也。戰道:不違時,不歷民病,所以愛吾民也。不加喪,不因凶,所以愛夫其民也;冬夏不興師,所以兼愛民也。
新字:内得愛焉,所以守也;外得威焉,所以戦也。戦道:不違時,不歴民病,所以愛吾民也。不加喪,不因凶,所以愛夫其民也;冬夏不興師,所以兼愛民也。
書き下し
内に愛を得るは、守る所以なり。外に威を得るは、戦う所以なり。戦の道は、時に違わず、民の病を歴(ふ)まず、吾が民を愛する所以なり。喪に加えず、凶に因らず、夫(か)の其の民を愛する所以なり。冬夏に師を興さず、兼ねて民を愛する所以なり。
現代語訳
国内で民の愛を得ることが、国を守るよりどころである。国外で威を得ることが、戦うよりどころである。戦の道とは、農事の時を妨げず、民が疫病に苦しむ時期に兵を起こさないことで、これが自国の民を愛するやり方である。相手国が喪中のときに攻めず、凶作につけこまないことで、これがあの相手国の民を愛するやり方である。冬と夏に軍を起こさないことで、これが敵味方の民をともに愛するやり方である。
解説
守りの力は内からの愛、戦う力は外への威から生まれるとしたうえで、戦の道を「民を愛する」ことで貫いてみせる一節である。自国の民には農事の時と疫病の時を避け、敵国の民には喪中や凶作につけこまず、厳寒と酷暑には双方の民を思って兵を出さない。愛の範囲が自国から敵国の民へ、さらに両方へと広がっていく並べ方に、仁を戦の根本に置く司馬法の考えがよく出ている。孫子が敵の弱みを突くことを説くのに対し、ここでは相手の弱みにつけこまないことを道としている点が対照的である。仕事の競争でも、相手の不幸や混乱を好機とだけ見ていないか、勝ち方そのものが周囲の信頼を左右することを思い出させる。
関連する章句
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