説苑 / 辨物
成王時有三苗貫桑而生,同為一秀,大幾盈車,民得而上之成王,成王問周公:「此何也?」周公曰:「三苗同秀為一,意天下其和而為一乎?」後三年則越裳氏重譯而朝,曰:「道路悠遠,山川阻深,恐一使之不通,故重三譯而來朝也。」周公曰:「德澤不加,則君子不饗其質;政令不施,則君子不臣其人。」譯曰:「吾受命於吾國之黃髮久矣,天之無烈風淫雨,意中國有聖人耶?有則盍朝之!」然後周公敬受其所以來矣。
新字:成王時有三苗貫桑而生,同為一秀,大幾盈車,民得而上之成王,成王問周公:「此何也?」周公曰:「三苗同秀為一,意天下其和而為一乎?」後三年則越裳氏重訳而朝,曰:「道路悠遠,山川阻深,恐一使之不通,故重三訳而来朝也。」周公曰:「徳沢不加,則君子不饗其質;政令不施,則君子不臣其人。」訳曰:「吾受命於吾国之黄髪久矣,天之無烈風淫雨,意中国有聖人耶?有則盍朝之!」然後周公敬受其所以来矣。
書き下し
成王の時、三苗桑を貫きて生じ、同じく一穂と為る有り、大いさ幾ど車に盈つ。民得て之を成王に上る。成王周公に問う、「此れ何ぞや。」周公曰わく、「三苗同じく秀でて一と為る、意うに天下其れ和して一と為らんとするか。」後三年にして越裳氏重訳して朝す。曰わく、「道路悠遠にして、山川阻深し、恐らくは一使の通ぜざらんことを、故に三訳を重ねて来朝するなり。」周公曰わく、「徳沢加えざれば、則ち君子其の質を饗せず。政令施さざれば、則ち君子其の人を臣とせず。」訳曰わく、「吾命を吾が国の黄髪に受くること久し。天の烈風淫雨無きは、意うに中国に聖人有るか。有らば則ち盍(なん)ぞ之に朝せざらんや。」然る後に周公敬んで其の来たる所以を受く。
現代語訳
周の成王の時代、三本の苗が桑の木を突き抜けて生え、共に合わさって一本の穂となるという出来事があった。その大きさはほとんど車を満たすほどであった。民がこれを手に入れて成王に献上した。成王は周公に尋ねた。「これは何のしるしか。」周公は言った。「三本の苗が共に秀でて一つになったのは、思うに天下がまさに和合して一つになろうとしているしるしではないでしょうか。」その後三年して、越裳氏が幾重にも通訳を重ねて朝貢に訪れた。彼らは言った。「道のりは遠く、山や川は険しく深く、一人の使者の言葉では通じないおそれがあります。それゆえ三重の通訳を重ねて参内したのです。」周公は言った。「我らの徳沢が及んでいなければ、君子はその質朴な贈り物を受け入れないだろう。我らの政令が行き渡っていなければ、君子はその人を臣下として扱わないだろう。」通訳は言った。「私は我が国の長老から命を受けて久しくなります。天に激しい風や長雨がないのは、思うに中国に聖人がおられるからではないか、いるならばどうして朝貢に参らないでいられようか、と。」そうして周公は謹んで彼らが来朝した理由を受け入れたのである。
解説

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