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説苑 / 雜言

齊景公問晏子曰:「寡人自坐地,二三子皆坐地;吾子獨搴草而坐之,何也?」晏子對曰:「嬰聞之:唯喪與獄坐於地。今不敢以喪獄之事侍於君矣。」

新字:斉景公問晏子曰:「寡人自坐地,二三子皆坐地;吾子独搴草而坐之,何也?」晏子対曰:「嬰聞之:唯喪与獄坐於地。今不敢以喪獄之事侍於君矣。」

書き下し

齊の景公、晏子に問いて曰く、「寡人自ら地に坐し、二三子皆地に坐す。吾子独り草を搴きて之に坐す、何ぞや」と。晏子対えて曰く、「嬰之を聞く、唯だ喪と獄とのみ地に坐すと。今敢えて喪獄の事を以て君に侍せざるなり」と。

現代語訳

斉の景公が晏子に尋ねた。「私自らも地面に座り、家臣たちも皆地面に座っている。あなただけが草を引き抜いて敷物にして座っているのは、どうしてか」と。晏子は答えた。「私はこう聞いております。喪に服す時と裁判の場でのみ、人は地面に直接座るものであると。今、私は喪や裁判に関わることのような不吉な作法をもって、君にお仕えするわけにはまいりません」と。

解説

皆が同じように地面に座る中で、あえて一人だけ草を敷いて座るという晏子の行動は、些細に見えて実は礼の本質を体現している。地面に直に座るのは喪や裁判という不吉な場面に限られるという知識に基づき、晏子は君主への日常の奉仕の場にそうした作法を持ち込まないという一線を、誰に指摘されるでもなく自ら律していたのである。現代の職場でも、周囲が慣例や空気に流されて何となく行っている振る舞いの中に、実は本来の意味やふさわしさを欠いたものが紛れ込んでいることがある。この逸話が教えるのは、周囲に合わせることが常に正しいとは限らず、物事の本来の意味を理解した上で、たとえ一人であっても正しい作法を貫く見識と胆力の大切さである。
『人生の方程式』の表紙

人生を、一行の式にしてみた。

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この章句が説くこと

礼の本質一人の見識慣例への疑問

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