説苑 / 雜言
天下失道,而後仁義生焉,國家不治,而後孝子生焉,民爭不分,而後慈惠生焉,道逆時反,而後權謀生焉。凡善之生也,皆學之所由。一室之中,必有主道焉,父母之謂也;故君正則百姓治,父母正則子孫孝慈。是以孔子家兒不知罵,曾子家兒不知怒;所以然者,生而善教也。夫仁者好合人,不仁者好離人,故君子居人間則治,小人居人間則亂;君子欲和人,譬猶水火不相能然也,而鼎在其間,水火不亂,乃和百味。是以君子不可不慎擇人在其間!
新字:天下失道,而後仁義生焉,国家不治,而後孝子生焉,民争不分,而後慈恵生焉,道逆時反,而後権謀生焉。凡善之生也,皆学之所由。一室之中,必有主道焉,父母之謂也;故君正則百姓治,父母正則子孫孝慈。是以孔子家児不知罵,曽子家児不知怒;所以然者,生而善教也。夫仁者好合人,不仁者好離人,故君子居人間則治,小人居人間則乱;君子欲和人,譬猶水火不相能然也,而鼎在其間,水火不乱,乃和百味。是以君子不可不慎択人在其間!
書き下し
天下道を失いて、而る後に仁義生ず。国家治まらずして、而る後に孝子生ず。民争いて分かれずして、而る後に慈恵生ず。道逆さまに時反して、而る後に権謀生ず。凡そ善の生ずるや、皆学の由る所なり。一室の中、必ず主道有り、父母の謂いなり。故に君正しければ則ち百姓治まり、父母正しければ則ち子孫孝慈なり。是を以て孔子の家児は罵ることを知らず、曾子の家児は怒ることを知らず。然る所以の者は、生まれながらにして善く教うればなり。夫れ仁者は人を合するを好み、不仁者は人を離すを好む。故に君子人間に居れば則ち治まり、小人人間に居れば則ち乱る。君子人を和せんと欲するは、譬うれば猶お水火の相能く然らざるがごときも、而も鼎其の間に在れば、水火乱れずして、乃ち百味を和す。是を以て君子は其の間に人を択ぶを慎まざる可からず。
現代語訳
天下が道を失ったとき、初めて仁義というものが生まれる。国家が治まらなくなったとき、初めて孝行な子が生まれる。民が争って心が分裂したとき、初めて慈しみや恵みが生まれる。道理が逆転し時勢が反転したとき、初めて権謀術数が生まれる。そもそもあらゆる善が生まれるのは、皆学問に由来するものである。一つの家の中には、必ずその主となる道があり、それは父母のことを言うのである。だから君主が正しければ人民は治まり、父母が正しければ子孫は孝行で慈しみ深くなる。だからこそ孔子の家の子供は人を罵ることを知らず、曾子の家の子供は怒ることを知らなかった。そうなる理由は、生まれながらにしてよく教育されているからである。そもそも仁のある者は人と人とを結び合わせることを好み、仁のない者は人と人とを引き離すことを好む。だから君子が人と人との間に身を置けば秩序が保たれ、小人が人と人との間に身を置けば混乱が生じる。君子が人々を和合させようとするのは、たとえて言えば水と火は本来相容れないものであるが、その間に鼎(かなえ)が介在すれば、水と火が互いに乱れることなく、あらゆる味を調和させることができるようなものである。だから君子は、その間に立つ人物を誰にするかを慎重に選ばなければならないのである。
解説
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大学謂う所の国を治むるには必ず先ず其の家を斉(ととの)うとは、其の家を教うるべからずして、能く人を教うる者は、之れ無し。故に君子は家を出でずして教えを国に成す。孝は君に事(つか)うる所以なり。弟(てい)は長に事うる所以なり。慈は衆を使うる所以なり。《康誥》に曰く、「赤子を保(やすん)ずるが如し」と。心誠に之を求むれば、中(あた)らずと雖も遠からず。未だ子を養うを学んで而後嫁ぐ者は有らざるなり。一家仁なれば一国仁に興(おこ)り、一家譲なれば一国譲に興り、一人貪戾(たんれい)なれば一国乱を作(な)す。其の機(き)此(かく)の如し。此れ一言事を僨(やぶ)り、一人国を定むと謂う。堯(ぎょう)・舜(しゅん)天下を率いるに仁を以てして、民之れに従う。桀(けつ)・紂(ちゅう)天下を率いるに暴を以てして、民之れに従う。其の令する所其の好む所に反すれば、民従わず。是の故に君子は己に諸(これ)有りて而後人に諸を求め、己に諸(これ)無くして而後人に諸を非(そし)る。身に蔵する所恕(じょ)ならずして、能く諸を人に喻(さと)す者は、未だ之れ有らざるなり。故に国を治むるは其の家を斉うるに在り。《詩》に云く、「桃の夭夭(ようよう)たる、其の葉蓁蓁(しんしん)たり。之の子于(ここ)に帰(とつ)ぐ、其の家人に宜(よろ)し」と。其の家人に宜しくして、而後以て国人を教うべし。《詩》に云く、「兄に宜しく弟(おとうと)に宜し」と。兄に宜しく弟に宜しくして、而後以て国人を教うべし。《詩》に云く、「其の儀忒(たが)わず、是(ここ)に四国を正す」と。其の父子兄弟の法(のっと)るに足るを為して、而後民之れに法るなり。此れ国を治むるは其の家を斉うるに在りと謂う。
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説苑・說叢萬物其の本を得る者は生じ、百事其の道を得る者は成る。道の在る所、天下之に歸す。德の在る所、天下之を貴ぶ。仁の在る所、天下之を愛す。義の在る所、天下之を畏る。屋漏るる者は民之を去り、水淺き者は魚之に逃げ、樹高き者は鳥之に宿り、德厚き者は士之に趨り、禮有る者は民之を畏れ、忠信なる者は士之に死す。衣弊ると雖も、行は必ず脩む。頭亂ると雖も、言は必ず治む。時は之に應ずるに在り、為は之に因るに在り。伐つ所にして其の福に當たれば五たびす。伐つ所にして當たらざれば其の禍十たびす。
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