説苑 / 說叢
天地之道:極則反,滿則損。五采曜眼有時而渝,茂木豐草有時而落。物有盛衰,安得自若。
新字:天地之道:極則反,満則損。五采曜眼有時而渝,茂木豊草有時而落。物有盛衰,安得自若。
書き下し
天地の道は、極まれば則ち反り、滿つれば則ち損ず。五采眼に曜くも時有りて渝り、茂木豐草も時有りて落つ。物に盛衰有り、安んぞ自若たるを得んや。
現代語訳
天地の道理は、物事が極まればかえって反転し、満ち足りればかえって損なわれる。目に輝く五色の彩りも時が経てば色あせ、生い茂る木々や豊かな草花も時が来れば散り落ちる。あらゆる物事には盛りと衰えがあり、どうして常に変わらぬままでいられようか。
解説
盛衰・栄枯という自然の摂理を、色彩の褪色や草木の凋落という具体的な情景で描き出す章である。「極まれば則ち反り、滿つれば則ち損ず」は、物事の頂点は同時に転落の始まりでもあるという、易経にも通じる循環的な世界観を端的に示している。この摂理を知る者は、自らが絶頂にあるときこそ驕らず、衰退の兆しに備える謙虚さを持つことができる。逆境にあるときも、この摂理を思い出せば、盛りが再び巡ってくることへの希望を持つこともできる、両面から励みとなる普遍的な教えである。
この章句が説くこと
盛衰循環謙虚
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