説苑 / 權謀
齊景公以其子妻闔廬,送諸郊。泣曰:「余死不汝見矣。」高夢子曰:「齊負海而縣山,縱不能全收天下,誰干我君?愛則勿行!」公曰:「余有齊國之固,不能以令諸侯,又不能聽,是生亂也。寡人聞之,不能令則莫若從,且夫吳若蜂蠆然,不棄毒於人則不靜,余恐棄毒於我也。」遂遣之。
新字:斉景公以其子妻闔廬,送諸郊。泣曰:「余死不汝見矣。」高夢子曰:「斉負海而県山,縦不能全収天下,誰干我君?愛則勿行!」公曰:「余有斉国之固,不能以令諸侯,又不能聴,是生乱也。寡人聞之,不能令則莫若従,且夫吳若蜂蠆然,不棄毒於人則不静,余恐棄毒於我也。」遂遣之。
書き下し
齊の景公其の子を以て闔廬に妻す。諸を郊に送る。泣きて曰く、「余死すとも汝を見ざらん」と。高夢子曰く、「齊海を負ひて山を縣く。縱ひ天下を全收する能はずとも、誰か我が君を干さん。愛せば則ち行かしむること勿かれ」と。公曰く、「余齊國の固有りて、以て諸侯に令する能はず、又た聽く能はざれば、是れ亂を生ずるなり。寡人之を聞く、令する能はざれば則ち從ふに若くこと莫しと。且つ夫れ吳は蜂蠆の然きがごとし。人に毒を棄てざれば則ち靜まらず。余其の我に毒を棄てんことを恐るるなり」と。遂に之を遣る。
現代語訳
斉の景公は自分の娘を呉王闔廬に嫁がせることにした。娘を郊外まで見送り、泣きながら「私は死ぬまでお前に二度と会えないだろう」と言った。高夢子は「斉は海を背負い山を擁する要害の地です。たとえ天下をすべて手中に収めることはできなくとも、誰があなた様を害することができましょうか。娘御を愛しく思われるなら、行かせなければよいのです」と言った。景公は答えた。「私は斉国という堅固な地の利があるとはいえ、それで諸侯に号令をかけることもできず、かといって(呉のような強国の意向に)従わないわけにもいかない。そうなれば混乱が生じるだけだ。私はこう聞いている、号令をかけられないのであれば従うのが一番だと。それに呉は蜂や蠍のようなものだ。誰かに毒を出させてやらなければ、決して大人しくならない。私は、その毒が我が国に向けられることを恐れているのだ」と。こうして景公は娘を送り出した。
解説
この章句が説くこと
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説苑・正諫呉、伍子胥・孫武の謀を以て、西のかた強楚を破り、北のかた斉晋を威し、南のかた越を伐つ。越王句践之を迎え撃ち、呉を姑蘇に敗り、闔廬の指を傷つく。軍卻き、闔廬太子夫差に謂いて曰わく、「爾句践の而の父を殺せしを忘れたるか」と。夫差対えて曰わく、「敢えて忘れじ」と。是の夕闔廬死す。夫差既に立ちて王と為り、伯嚭を以て太宰と為し、戦射を習い、三年にして越を伐ち、夫湫に敗る。越王句践乃ち兵五千人を以て会稽山上に棲み、大夫種をして厚幣もて呉の太宰嚭に遣わして以て和を請わしめ、国を委ねて臣妾と為さんとす。呉王将に之を許さんとす。伍子胥諫めて曰わく、「越王人と為り能く辛苦す。今王滅ぼさずんば、後必ず之を悔いん」と。呉王聴かず、太宰嚭の計を用いて越と平らぐ。其の後五年、呉王斉の景公死し、大臣寵を争うと聞き、新君弱しとして、乃ち師を興して北のかた斉を伐たんとす。子胥諫めて曰わく、「不可なり。句践食に味を重ねず、死を弔い疾を問い、且つ能く人を用う。此の人死せずんば、必ず呉の患と為らん。今越は腹心の疾なり、斉は猶お疥癬のみ。而るに王越を先にせずして、乃ち務めて斉を伐つは、亦た謬らずや」と。呉王聴かず、斉を伐ち、大いに斉師を艾陵に敗り、遂に鄒魯の君と会して以て帰り、益々子胥の言を疏んず。其の後四年、呉将に復た北のかた斉を伐たんとす。越王句践子胥の謀を用い、乃ち其の衆を率いて以て呉を助け、重宝を以て太宰嚭に献遺す。太宰嚭既に数々越の賂を受け、其の越を愛信すること殊に甚だし。日夜呉王の為に言を為す。王嚭の計を信用す。伍子胥諫めて曰わく、「夫れ越は、腹心の疾なり。今其の游辞偽詐を信じて斉を貪る、譬えば猶お石田のごとし、用うる所無し。盤庚に曰わく、『古人に顛越して恭ならざる有り』と。是れ商の興る所以なり。願わくは王斉を釈てて越を先にせよ。然らずんば、将に之を悔ゆるも及ぶ無からん」と。呉王聴かず、子胥をして斉に使いせしむ。子胥其の子に謂いて曰わく、「吾王を諫むるも、王吾を用いず、吾今呉の滅ぶるを見んとす。女呉と俱に亡ぶるは為す無きなり」と。乃ち其の子を斉の鮑氏に属して帰りて呉王に報ず。太宰嚭既に子胥と隙有り、因りて讒して曰わく、「子胥の人と為り、剛暴少恩、其の怨望猜賊にして禍を為すなり。深く前日王斉を伐たんと欲するに、子胥以て不可と為すも、王卒に之を伐ちて大功有り、子胥計謀用いられずして、乃ち反りて怨望す。今王又復た斉を伐たんとするに、子胥専愎強諫し、用事を沮毀す。呉の敗るるを徼幸し、以て自ら其の計謀に勝たんとするのみ。今王自ら行き、国中の武力を悉くして以て斉を伐つに、子胥諫めて用いられず、因りて輟して佯病して行かず。王備えざるべからず。此れ禍を起こすこと難からず。且つ臣人をして微かに之を伺わしむるに、其の斉に使いするや、乃ち其の子を鮑氏に属せり。夫れ人臣内に意を得ずして、外諸侯に交わるは、自ら先王の謀臣を以て、今用いられずして、常に怏怏たり。願わくは王早く之を図れ」と。呉王曰わく、「子の言無くんば、吾も亦た之を疑わん」と。乃ち使いをして子胥に属鏤の剣を賜わしめて曰わく、「子此を以て死せよ」と。子胥曰わく、「嗟乎、讒臣宰嚭乱を為す、王顧りて反りて我を誅す。我若の父をして覇たらしめ、又若を立つるに時なり。諸子弟立を争いしとき、我死を以て先王に争い、幾ど立つを得ざりき。若既に立つに及び、呉国を分かちて我に与えんと欲せしも、我顧りて敢えて当らず。然るに若、何ぞ讒臣の長者を殺すを聴くに之けるや」と。乃ち舎人に告げて曰わく、「必ず吾が墓上に樹うるに梓を以てし、器と為すべからしめ、而して吾が眼を抉りて之を呉の東門に著け、以て越寇の呉を滅ぼすを観ん」と。乃ち自ら刺し殺す。呉王之を聞きて大いに怒り、乃ち子胥の屍を取り、鴟夷革を以て盛り、之を江中に浮かぶ。呉人之を憐れみ、乃ち祠を江上に立て、因りて名づけて胥山と曰う。後十余年、越呉を襲い、呉王還りて与に戦うも勝たず、大夫をして越に行成せしむるも許されず。呉王将に死せんとして曰わく、「吾子胥の言を用いざるを以て此に至れり。死者知る無くんば則ち已みなん。死者知る有らば、吾何の面目を以て子胥に見えんや」と。遂に絮を蒙りて面を覆いて自ら刎ず。
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説苑・奉使齊魯を攻む。子貢哀公に見え、吳に救いを求めんことを請う。公曰く、「奚ぞ先君の寶を用いんや。」子貢曰く、「吳をして寶を責めて我に師を與えしむれば、是れ恃むべからざるなり。」是に於て楊幹麻筋の弓六を以て往く。子貢吳王に謂いて曰く、「齊無道を爲し、周公の後をして血食せざらしめんと欲す。且つ魯の賦五百、邾の賦三百なり。識らず此を以て齊を益せば、吳の利ならんか、非ならんか。」吳王懼れ、乃ち師を興して魯を救う。諸侯曰く、「齊周公の後を伐つに、吳之を救う。」遂に吳に朝す。
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戦国策・韓公仲相韓の公仲相たり。斉・楚の交わり秦に善し。秦・魏遇う、且に斉に善くして以て斉を楚に絶たしめんとす。王景鯉をして秦に之かしめ、鯉秦・魏の遇に与る。楚王景鯉を怒り、斉の楚の遇を以て秦・魏に陰有りと為すを恐れ、且つ景鯉を罪せんとす。為に楚王に謂いて曰く、「臣鯉の遇に与るを賀す。秦・魏の遇うや、将に斉・秦を合して斉を楚に絶たしめんとするなり。今、鯉遇に与る、斉以て魏の己を秦に合して楚を攻むるを信ずる無し。斉又た楚の秦・魏に陰有るを畏れ、必ず楚を重んぜん。故に鯉の遇に与るは、王の大資なり。今、鯉遇に与らずんば、魏の斉を楚に絶つこと明らかなり。斉・楚之を信ぜば、必ず王を軽んぜん。故に王は景鯉を罪する無く、以て斉に秦・魏有るを視すに如かず、斉必ず楚を重んじ、且つ秦・魏を斉に疑わん。」王曰く、「諾。」因りて罪せずして其の列を益す。
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説苑・權謀晉の文公衛を伐ち、郭に入り、士を坐せしめて食せしめて曰く、「今日必ず大垣を得ん」と。公子慮俛して之を笑ふ。文公曰く、「奚を笑ふ」と。對へて曰く、「臣の妻歸るに、臣之を送り、反りて桑者の之を助くるを見る。臣の妻を顧みれば則ち亦た之を送る者有り」と。文公懼れ、師を還して歸る。國に至るに、貉人其の地を攻む。
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説苑・權謀齊鄭の太子忽に妻はさんと欲す。太子忽辭す。人其の故を問ふ。太子曰く、「人各〻偶有り。齊は大なり。吾が偶に非ざるなり。詩に云ふ、『自ら多福を求む』と。我に在るのみ」と。後戎齊を伐つ。齊師を鄭に請ふ。鄭の太子忽師を率ゐて齊を救ひ、大いに戎師を敗る。齊又た之に妻はさんと欲す。太子固く辭す。人其の故を問ふ。對へて曰く、「齊に事無きに、吾猶ほ敢へてせず。今君命を以て齊の急を救ひ、室を受けて以て歸らば、人其れ我を以て師婚と爲さんか」と。終に之を辭す。
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孔子家語・屈節解子貢遂に南のかた吳王に說きて曰く、「王者は國を滅ぼさず、霸者は強敵無し。千鈞の重き、銖兩を加えて移る。今齊國を以て千乘の魯を私にし、吾と強を爭わば、甚だ王の為に之を患う。且つ夫れ魯を救いて以て名を顯し、以て泗上の諸侯を撫し、暴齊を誅して以て晉を服せしむれば、利之より大なるは莫し。名は亡魯を存し、實は強齊を困しむ。智者は疑わず。」吳王曰く、「善し、然れども吳常に越に困しめらる。越王今身を苦しめ士を養い、吳に報ゆるの心有り。子我が先ず越を待つを待ちて、然る後乃ち可なり。」子貢曰く、「越の勁きは魯に過ぎず、吳の強きは齊に過ぎず。而るに王齊を置きて越を伐たば、則ち齊必ず魯を私にせん。王方に存亡繼絕の名を以て、齊を棄てて小越を伐つは、勇に非ざるなり。勇にして難を計らず、仁者は約に窮せず、智者は時を失わず、義者は世を絕たず。今越を存して天下に仁を示し、魯を救い齊を伐ちて、威晉國に加われば、諸侯必ず相率いて朝し、霸業盛んならん。且つ王必ず越を惡まば、臣請う越君に見え、兵を出だして以て從わしめん。此れ則ち實に越を害して名は諸侯に從いて以て齊を伐つなり。」吳王悅び、乃ち子貢を遣わして越に之かしむ。