説苑 / 權謀
齊桓公將伐山戎、孤竹,使人請助於魯。魯君進群臣而謀,皆曰:「師行數十里,入蠻夷之地,必不反矣。」於是魯許助之而不行。齊已伐山戎、孤竹,而欲移兵於魯。管仲曰:「不可。諸侯未親,今又伐遠而還誅近鄰,鄰國不親,非霸王之道,君之所得山戎之寶器者,中國之所鮮也,不可不進周公之廟乎?」桓公乃分山戎之寶,獻之周公之廟。明年起兵伐莒。魯下令丁男悉發,五尺童子皆至。孔子曰:「聖人轉禍為福,報怨以德。」此之謂也。
新字:斉桓公将伐山戎、孤竹,使人請助於魯。魯君進群臣而謀,皆曰:「師行数十里,入蠻夷之地,必不反矣。」於是魯許助之而不行。斉已伐山戎、孤竹,而欲移兵於魯。管仲曰:「不可。諸侯未親,今又伐遠而還誅近鄰,鄰国不親,非覇王之道,君之所得山戎之宝器者,中国之所鮮也,不可不進周公之廟乎?」桓公乃分山戎之宝,献之周公之廟。明年起兵伐莒。魯下令丁男悉発,五尺童子皆至。孔子曰:「聖人転禍為福,報怨以徳。」此之謂也。
書き下し
齊桓公將に山戎・孤竹を伐たんとし、人をして魯に助を請はしむ。魯君群臣を進めて謀るに、皆曰く、「師行くこと數十里、蠻夷の地に入る。必ず反らざらん」と。是に於て魯之を助くるを許して行かず。齊已に山戎・孤竹を伐ち、兵を魯に移さんと欲す。管仲曰く、「不可なり。諸侯未だ親しまざるに、今又た遠きを伐ちて還りて近鄰を誅せば、鄰國親しまず、霸王の道に非ず。君の得る所の山戎の寶器は、中國の鮮き所なり。周公の廟に進めざるべけんや」と。桓公乃ち山戎の寶を分ちて、之を周公の廟に獻ず。明年兵を起して莒を伐つ。魯令を下して丁男悉く發し、五尺の童子皆至る。孔子曰く、「聖人禍を轉じて福と爲し、怨に報ゆるに德を以てす」と。此を之れ謂ふなり。
現代語訳
斉の桓公が山戎と孤竹を討とうとし、人を遣わして魯に援軍を求めた。魯君は群臣を集めて協議したところ、皆が「軍を数十里も進めて蛮夷の地に入るのだから、生きて帰れないだろう」と言った。そこで魯は援軍を出すと約束しながら実際には出兵しなかった。斉はすでに山戎と孤竹を討ち終えると、今度は兵を魯に向けようとした。管仲は言った。「いけません。諸侯とまだ十分に親しんでもいないのに、遠征から帰ってすぐに身近な隣国を討伐すれば、周辺諸国はいよいよ親しんでくれなくなり、覇者の王道にはずれます。君が手にされた山戎の宝器は、中原の諸国にはめったにない貴重なものです。これを周公の廟に献上なさってはいかがでしょうか」と。桓公はそこで山戎から得た宝を分けて、周公の廟に献上した。翌年、兵を起こして莒を討った際には、魯は命令を下して成人男子をことごとく徴発し、身の丈五尺ほどの少年までもが馳せ参じた。孔子は「聖人は禍を転じて福となし、怨みに報いるに徳を以てする」と評した。まさにこのことを言うのである。