史記 / 管晏列伝
其為政也、善因禍而為福、轉敗而為功。貴輕重、慎權衡。桓公實怒少姬、南襲蔡、管仲因而伐楚、責包茅不入貢於周室。桓公實北征山戎、而管仲因而令燕修召公之政。於柯之會、桓公欲背曹沫之約、管仲因而信之、諸侯由是歸齊。故曰、知與之為取、政之寶也。
新字:其為政也、善因禍而為福、転敗而為功。貴輕重、慎権衡。桓公実怒少姬、南襲蔡、管仲因而伐楚、責包茅不入貢於周室。桓公実北征山戎、而管仲因而令燕修召公之政。於柯之会、桓公欲背曹沫之約、管仲因而信之、諸侯由是歸斉。故曰、知与之為取、政之宝也。
書き下し
其の政為るや、善く禍に因って福と為し、敗を転じて功と為す。軽重を貴び、権衡を慎む。桓公実に少姫に怒り、南のかた蔡を襲ふや、管仲因って楚を伐ち、包茅の周室に入貢せざるを責む。桓公実に北のかた山戎を征するや、管仲因って燕をして召公の政を修めしむ。柯の会に於いて、桓公、曹沫の約に背かんと欲するや、管仲因って之を信にす。諸侯是に由り斉に帰す。故に曰く、「与ふるの取ると為るを知るは、政の宝なり」と。
現代語訳
管仲の政治のやり方は、災いを転じて福とし、失敗をひっくり返して手柄にするのが巧みだった。物事の軽重を重んじ、力の均衡を慎重に測った。桓公が私的な怒り(少姫への腹立ち)から南の蔡を攻めたときには、管仲はそれに乗じて楚を討ち、周王室に供物を納めていない非を責めて大義名分に変えた。桓公が北の山戎を征伐したときには、その勢いを使って燕に古の善政を回復させた。柯の会盟で桓公が(曹沫に脅されて交わした)約束を破ろうとしたときには、管仲はあえてそれを守らせ、信義を示した。こうして諸侯は斉に帰服した。だからこう言われる。「与えることが結局は得ることになる、と知るのが、政治の最も貴い要諦だ」。
解説
リーダーの私的感情や偶発的な出来事すら、大義と長期的利益に転換する「戦略的リフレーミング」の妙です。管仲は、桓公の個人的な怒りに任せた出兵を、そのまま暴走させず、周王室への大義名分ある行動へと構造を組み替えます。目の前の事象(禍・敗・トップの感情)を、より大きな目的に接続し直す力です。そして白眉が『与ふるの取ると為るを知る』――一見譲歩や損に見える「与える」行為が、信頼という最大の資産を生み、長期的にはより大きな見返り(諸侯の帰服)になる。短期の勝ち負けや面子に囚われず、信義を貫くことこそ最強の戦略だという洞察です。目先の利益を取りにいくリーダーと、信頼を積んで結果的に大きく取るリーダーの差がここにあります。