説苑 / 奉使
魏文侯使舍人毋擇,獻鵠於齊侯。毋擇行道失之。徒獻空籠,見齊侯曰:「寡君使臣毋擇獻鵠,道飢渴,臣出而飲食之,而鵠飛沖天,遂不復反。念思非無錢以買鵠也,惡有為其君使,輕易其弊者乎?念思非不能拔劍刎頭,腐肉暴骨於中野也,為吾君貴鵠而賤士也。念思非敢走陳、蔡之間也,惡絕兩君之使,故不敢愛身逃死,來獻空籠,唯主君斧質之誅。」齊侯大悅曰:「寡人今者得茲言,三賢於鵠遠矣。寡人有都郊地百里,願獻於大夫以為湯沐邑。」毋擇對曰:「惡有為其君使而輕易其弊,而利諸侯之地乎?」遂出不反。
新字:魏文侯使舎人毋択,献鵠於斉侯。毋択行道失之。徒献空籠,見斉侯曰:「寡君使臣毋択献鵠,道飢渇,臣出而飲食之,而鵠飛沖天,遂不復反。念思非無銭以買鵠也,悪有為其君使,軽易其弊者乎?念思非不能抜剣刎頭,腐肉暴骨於中野也,為吾君貴鵠而賤士也。念思非敢走陳、蔡之間也,悪絶両君之使,故不敢愛身逃死,来献空籠,唯主君斧質之誅。」斉侯大悦曰:「寡人今者得茲言,三賢於鵠遠矣。寡人有都郊地百里,願献於大夫以為湯沐邑。」毋択対曰:「悪有為其君使而軽易其弊,而利諸侯之地乎?」遂出不反。
書き下し
魏の文侯舍人毋擇をして、鵠を齊侯に獻ぜしむ。毋擇道を行くに之を失う。徒に空籠を獻じ、齊侯に見えて曰く、「寡君臣毋擇をして鵠を獻ぜしむ。道に飢渴す、臣出でて之に飲食せしむるに、鵠飛びて天に沖り、遂に復た反らず。念思するに錢の鵠を買うもの無きに非ざるなり。惡んぞ其の君の爲に使いして、其の弊を輕易にする者有らんや。念思するに劍を拔きて頭を刎ね、肉を腐らせ骨を中野に暴すこと能わざるに非ざるなり。吾が君の鵠を貴びて士を賤しむと爲さんことを。念思するに敢えて陳蔡の間に走るに非ざるなり。兩君の使いを絕つを惡む、故に敢えて身を愛しみ死を逃れず、來りて空籠を獻ず、唯だ主君斧質の誅あるのみ。」齊侯大いに悅びて曰く、「寡人今者茲の言を得たり、三たび鵠より賢なること遠し。寡人都郊の地百里有り、願わくは大夫に獻じて以て湯沐邑と爲さん。」毋擇對えて曰く、「惡んぞ其の君の爲に使いして其の弊を輕易にし、諸侯の地を利とする者有らんや。」遂に出でて反らず。
現代語訳
魏の文侯は舎人の毋択に命じて、白鳥を斉侯に献上させようとした。毋択は道中でその白鳥を逃してしまった。仕方なく空の籠だけを献上し、斉侯に会って言った。『我が君は私、毋択に白鳥を献上させました。道中、鳥が飢え渇いたので、私が籠から出して食べ物と水を与えたところ、白鳥は空高く飛び去ってしまい、二度と戻ってきませんでした。よくよく考えてみますに、鳥を買い直すお金がなかったわけではございません。しかし、主君の使いをする者として、その責任を軽々しく扱うようなことがあってよいでしょうか。また、剣を抜いて自ら首をはね、肉を腐らせ骨を野にさらすことができなかったわけでもございません。それをしなかったのは、私が死ねば我が君が鳥を貴び士を賤しんだのだと世間に思われてしまうからです。また、陳や蔡の間に逃げ隠れするつもりもございませんでした。それは両国の君主の間の使者としての務めを絶やすことを嫌ったからです。それゆえ、あえて我が身を惜しんで死を逃れることをせず、こうして空の籠を献上しに参りました。ただ主君の斧による処罰を待つばかりでございます。』斉侯は大いに喜んで言った。『私は今、この言葉を得ることができた。これは白鳥三羽よりもはるかに価値のあるものだ。私には都の郊外に百里の領地がある。どうかあなたに献上し、あなたの湯沐邑としたい。』毋択は答えて言った。『主君の使いをしながら、その責任を軽々しく扱い、諸侯の土地を利得として受け取るなどということがあってよいでしょうか。』そう言って、その場を去り、二度と戻らなかった。
解説

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