説苑 / 正諫
齊景公有臣曰諸御鞅,諫簡公曰:「田常與宰予,此二人者甚相憎也,臣恐其相攻;相攻雖叛而危之,不可。願君去一人。」簡公曰:「非細人之所敢議也。」居無幾何,田常果攻宰予於庭,賊簡公於朝,簡公喟焉太息,曰:「余不用鞅之言以至此患也。故忠臣之言,不可不察也。」
新字:斉景公有臣曰諸御鞅,諫簡公曰:「田常与宰予,此二人者甚相憎也,臣恐其相攻;相攻雖叛而危之,不可。願君去一人。」簡公曰:「非細人之所敢議也。」居無幾何,田常果攻宰予於庭,賊簡公於朝,簡公喟焉太息,曰:「余不用鞅之言以至此患也。故忠臣之言,不可不察也。」
書き下し
斉の景公(簡公)に臣有り、諸御鞅と曰う。簡公を諫めて曰わく、「田常と宰予、此の二人は甚だ相い憎む。臣其の相い攻めんことを恐る。相い攻むれば叛くと雖も之を危うくす、不可なり。願わくは君一人を去れ」と。簡公曰わく、「細人の敢えて議する所に非ざるなり」と。居ること幾何も無く、田常果たして宰予を庭に攻め、簡公を朝に賊す。簡公喟然として太息して曰わく、「余鞅の言を用いずして以て此の患いに至れり。故に忠臣の言、察せざるべからざるなり」と。
現代語訳
斉の簡公に諸御鞅という臣下がいた。簡公を諫めて言った、「田常と宰予、この二人は互いに深く憎み合っています。私は彼らが互いに攻め合うのではないかと恐れます。互いに攻め合えば、たとえ一方が謀反を起こさなくても国を危険にさらすことになります。よくありません。どうか君はどちらか一人を退けてください」と。簡公は言った、「取るに足らない者の分際で口出しすることではない」と。それから間もなく、田常は果たして宰予を朝廷で攻め、簡公を殺害した。簡公はため息をついて言った、「私が鞅の言葉を用いなかったために、この禍を招いてしまった。だから忠臣の言葉は、よく吟味しなければならないのだ」と。
解説
諸御鞅は具体的な人物の対立関係という組織内の火種を的確に見抜いていたが、簡公は取るに足らない者の言うことだと一蹴し、結果として自らの命を失うことになった。ここで注意すべきは、諫言の内容そのものより、それを退けた理由が地位や身分の低さであったという点である。優れた洞察は必ずしも高位の者からもたらされるとは限らず、地位や肩書きで発言の価値を判断すること自体が致命的な誤りになり得る。現代の組織においても、若手や現場の声を立場が低いからという理由だけで軽視することが、後になって取り返しのつかない失敗につながる典型例として読める逸話である。
この章句が説くこと
地位による軽視組織内対立の予兆後悔先に立たず
関連する章句
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呂氏春秋・愼勢⑦齊の簡公に臣有り、諸御鞅と曰う。簡公を諫めて曰く、「陳成常と宰予との二臣は、甚だ相憎む。臣其の相攻むるを恐るるなり。相攻むること唯れ固なれば則ち上を危くせん。願わくは君の一人を去らんことを。」簡公曰く、「而が細人の能く識る所に非ざるなり。」居ること幾何も無くして、陳成常果して宰予を庭に攻め、簡公に廟に即く。簡公喟焉として太息して曰く、「余、鞅の言を用うること能わず、以て此の患を至すなり。」其の數を失し、其の勢無ければ、鞅に聽くこと無きを悔ゆと雖も、悔ゆる無きと同じ、是れ恃む可きを恃むことを知らずして、恃まざるを恃むなり。周鼎の象を著わすは、其の理の通ずるが為なり。理通ずるは、君道なり。
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『淮南子』人間訓諸御鞅 簡公に復して曰く「陳成常・宰予の二子なる者、甚だ相い憎めり。臣 其の難を構えて國を危うくするを恐る。君 一人を去るに如かず」と。簡公 聽かず。居ること幾何も無く、陳成常 果たして宰予を庭中に攻め、簡公を朝に弒す。此れ小を敬するの生ずる所を知らざるなり。
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説苑・正諫斉の景公、海上に遊びて之を楽しみ、六月帰らず、左右に令して曰わく、「敢えて先に帰らんと言う者有らば死に致して赦さず」と。顔斶趨り進みて諫めて曰わく、「君、海上に遊ぶを楽しみて六月帰らず、彼れ儻し国を治むる者有らば、君且に安くにか此の海を楽しむを得んや」と。景公戟を援きて将に之を斫らんとす。顔斶趨り進み、衣を撫でて之を待ちて曰わく、「君奚為れぞ斫らざるや。昔者桀は関龍逢を殺し、紂は王子比干を殺す。君の賢は此の二主に非ず、臣の材も亦た此の二子に非ず。君奚為れぞ斫らざるや。臣を以て此の二人に参ぶるは、亦た可ならずや」と。景公説び、遂に帰る。中道にして国人の内れざらんことを謀ると聞く。
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説苑・正諫景公正昼に髪を被り六馬に乗り、婦人を御して正閨より出づ。刖跪其の馬を撃ちて之を反す。曰わく、「爾吾が君に非ざるなり」と。公慚じて朝せず。晏子裔敖を睹て問いて曰わく、「君何の故にか朝せざる」と。対えて曰わく、「昔者君正昼に髪を被り六馬に乗り、婦人を御して正閨より出づ。刖跪其の馬を撃ちて之を反して曰わく、『爾吾が君に非ざるなり』と。公慚じて反り、果たして出でず。是を以て朝せず」と。晏子入りて見ゆ。公曰わく、「昔者寡人罪有り。髪を被り六馬に乗り、以て正閨を出づ。刖跪其の馬を撃ちて之を反し、曰わく、『爾吾が君に非ざるなり』と。寡人天子大夫の賜を以て、百姓を率いて宗廟を守るを得たり。今刖跪に戮せられて以て社稷を辱む。吾猶お以て諸侯に斉しかるべきか」と。晏子対えて曰わく、「君悪しむこと無かれ。臣之を聞く、下に直辞無きは、上に君を隠す無し。民多く言を諱めば、君驕行有り。古者明君上に在れば、下に直辞有り。君上善を好めば、民言を諱む無し。今君行を失う有りて、刖跪直辞有り。是れ君の福なり。故に臣来たりて慶す。請う之を賞して、以て君の善を好むを明らかにせよ。之を礼して、以て君の諫を受くるを明らかにせよ」と。公笑いて曰わく、「可なるか」と。晏子曰わく、「可なり」と。是に於て刖跪をして資を倍せしめ正すこと無からしめ、時朝に事無し。
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説苑・正諫景公馬有り、其の圉人之を殺す。公怒り、戈を援きて将に自ら之を撃たんとす。晏子曰わく、「此れ其の罪を知らずして死せば、臣君の為に之を数えんことを請う。其の罪を知らしめて之を殺さん」と。公曰わく、「諾」と。晏子戈を挙げて之に臨みて曰わく、「汝吾が君の為に馬を養いて之を殺す、罪当に死すべし。汝吾が君をして馬の故を以て圉人を殺さしむ、罪又当に死すべし。汝吾が君をして馬の故を以て人を殺さしめ、四隣の諸侯に聞かしむ、汝が罪又当に死すべし」と。公曰わく、「夫子之を釈て。夫子之を釈て。吾が仁を傷うこと勿かれ」と。
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説苑・正諫趙の簡子、兵を挙げて斉を攻む。軍中に敢えて諫むる者有らば罪死に至ると令す。被甲の士、名づけて公盧と曰う。簡子を望見して大いに笑う。簡子曰わく、「子何ぞ笑うや」と。対えて曰わく、「臣に夙の笑い有り」と。簡子曰わく、「以て之を解く有らば則ち可なり。以て之を解く無くんば則ち死せん」と。対えて曰わく、「桑の時に当り、臣の隣家夫と妻と俱に田に之き、桑中の女を見る。因りて往きて之を追うも得る能わず。還り反れば、其の妻怒りて之を去る。臣其の曠を笑うなり」と。簡子曰わく、「今吾国を伐ちて国を失わば、是れ吾が曠なり」と。是に於て師を罷めて帰る。