説苑 / 政理
晉侯問於士文伯曰:「三月朔,日有蝕之,寡人學惛焉,詩所謂:『彼日而蝕,于何不臧』者,何也?」對曰:「不善政之謂也;國無政不用善,則自取謫於日月之災,故不可不慎也。政有三而已:一曰因民,二曰擇人,三曰從時。」
新字:晋侯問於士文伯曰:「三月朔,日有蝕之,寡人学惛焉,詩所謂:『彼日而蝕,于何不臧』者,何也?」対曰:「不善政之謂也;国無政不用善,則自取謫於日月之災,故不可不慎也。政有三而已:一曰因民,二曰択人,三曰従時。」
書き下し
晋侯、士文伯に問いて曰く、「三月の朔、日之を蝕する有り。寡人学びて惛し。詩の所謂『彼の日にして蝕す、干に何ぞ臧からざる』とは何ぞや。」対えて曰く、「善からざる政の謂いなり。国政無くして善を用いざれば、則ち自ら謫を日月の災に取る。故に慎まざる可からざるなり。政は三つ有るのみ。一に曰く民に因る、二に曰く人を択ぶ、三に曰く時に従う。」
現代語訳
晋侯が士文伯に尋ねた。「三月の朔日に、日食が起きた。私はこの意味を学んでも分からない。詩経にいう『あの太陽が欠けるのは、どうして良くないことなのか』とはどういう意味か。」士文伯は答えた。「善くない政治を指しているのです。国に正しい政治がなく、善を用いなければ、自ら日食・月食という天の災いを招き寄せることになります。ですから慎まなければならないのです。政治の要諦は三つだけです。一つは民の実情に従うこと、二つは適切な人を選ぶこと、三つは時宜に従うことです。」
解説
日食という天文現象を単なる自然現象としてではなく、為政者の政治の善悪を映し出す鏡として読み解く古代的な天人相関の思想が根底にある。士文伯が示す「政治は民に従い、人を選び、時に従う」という三原則への集約は、天変地異という抽象的な問いを、極めて具体的で実践可能な統治の要諦に落とし込む見事な回答である。現代においては日食を政治の善悪と結びつける発想はそのままでは通用しないが、組織やチームに原因不明の不調や停滞(現代における「日食」)が生じたとき、それを外部要因のせいにせず、自らの運営の在り方――現場の実情を汲んでいるか、適切な人を適所に置いているか、タイミングを見誤っていないか――を省みる姿勢として読み替えることができる。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
天人相関民に因る人を択ぶ
関連する章句
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『春秋左氏伝』昭公七年 政は慎まざるべからず夏、四月、甲辰、朔、日之を食する有り。晉侯士文伯に問ひて曰く、「誰か將に日食に當たらんとする」と。對へて曰く、「魯・衛之を惡む。衛は大に、魯は小なり」と。公曰く、「何の故ぞ」と。對へて曰く、「衛の地を去りて、魯の地に如く。是に於いて災有り、魯實に之を受く。其の大咎は、其れ衛君か。魯は將に上卿ならん」と。公曰く、「詩に所謂『彼の日にして食す、何の不臧に于いてぞ』とは、何ぞや」と。對へて曰く、「善政ならざるの謂ひなり。國に政無く、善を用ゐずんば、則ち自ら謫を日月の災に取る。故に政は慎まざるべからず。務むるは三のみ。一に曰く人を擇ぶ、二に曰く民に因る、三に曰く時に從ふ」と。晉人來たりて杞の田を治む。季孫將に成を以て之に與へんとす。謝息孟孫の為に守り、可かずして曰く、「人言有りて曰く、『挈缾の知有りと雖も、守りて器を假さず』と。禮なり。夫子君に從ひて、守臣邑を喪はば、吾子と雖も亦た猜(うたが)ふこと有らん」と。季孫曰く、「君の楚に在るは、晉に於いて罪なり。又晉に聽かずんば、魯の罪重し。晉の師必ず至らん。吾以て之を待つ無し。之に與ふるに如かず。晉に間あらば諸を杞に取らん。吾子に桃を與へん。成反らば、誰か敢へて之を有たん。是れ二成を得るなり。魯憂ひ無くして、孟孫邑を益す。子何ぞ病まん」と。辭するに山無きを以てす。之に萊・柞を與ふ。乃ち桃に遷る。晉人杞の為に成を取る。
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説苑・政理子貢曰く、「葉公、政を夫子に問う。夫子曰く、『政は附近來遠に在り』と。魯の哀公、政を夫子に問う。夫子曰く、『政は臣を諭すに在り』と。齊の景公、政を夫子に問う。夫子曰く、『政は節用に在り』と。三君政を夫子に問いて、夫子之に應ずること同じからず。然らば則ち政に異なる有るか。」孔子曰く、「夫れ荊の地は廣くして都は狹く、民離志有り。故に曰く、附近して遠を來すに在り、と。哀公に臣三人有り、內には周公を比して以て其の君を惑わし、外には諸侯賓客を障げて以て其の明を蔽う。故に曰く、政は臣を諭すに在り、と。齊の景公、臺榭に奢り、苑囿に淫し、五官の樂解けず、一旦にして人に百乘の家を賜う者三たびす。故に曰く、政は節用に在り、と。此の三者は政なり。詩に云わずや、『亂離斯に瘼み、爰に其れ適に歸せん』とは、此れ離散を傷みて以て亂と為す者なり。『其の共を止めず、惟れ王の邛』とは、此れ姦臣の主を蔽うを傷みて以て亂と為す者なり。『相亂れて資無く、魯我が師を惠まず』とは、此れ奢侈節せざるを傷みて以て亂と為す者なり。此の三者の欲する所を察するに、政其れ同じきかな。」
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『長短経』正論漢書に曰く「天人の際は、精祲以て相い盪かす有り、善悪以て相い推す有り。事は下に作り、象は上に動く。陰陽の理は、各々其の感に応ず。陰変ずれば則ち静なる者動き、陽蔽わるれば則ち明なる者晻し。水旱の災いは、類に随いて至る。故に曰く、日蝕・地震は皆な陽微かにして陰盛んなるなり、と。臣は君の陰なり。子は父の陰なり。妻は夫の陰なり。夷狄は中国の陰なり。春秋に日蝕三十六、地震五十二。或いは夷狄中国を侵し、或いは政権臣下に在り、或いは婦夫に乗じ、或いは臣子君父に背く。事は同じからずと雖も、其の類は一なり。是を以て明王位に即けば、五事を正す。五事は貌・言・視・聴・思なり。大中を建てて以て天心を承くれば、則ち庶徴は下に序し、日月は上に理まる。如し人君、後宮に淫溺し、般楽遊田し、五事を躬に失い、大中の道立たざれば、則ち咎徴降りて六極至る。凡そ災異の発するは、各々過失に象り、類を以て人に告ぐ」と。
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新語・明誡故に世衰え道失うは、天の為す所に非ず、乃ち国を君とする者の以て之を取る有るなり。悪政は悪気を生じ、悪気は災異を生ず。螟蟲の類は、気に随いて生じ、虹蜺の属は、政に因りて見わる。治道下に失えば、則ち天文上に変じ、悪政民に流るれば、則ち螟蟲野に生ず。賢君の智は則ち変に随いて改め、類に縁りて試みに之を思うを知り、□□□変に於てす。聖人の理は、恩は昆蟲に及び、沢は草木に及び、天気に乗じて生じ、寒暑に随いて動く者、頸を延ばして治を望み、耳を傾けて化を聴かざる莫し。聖人は物を察して、遺失する所無く、上は日月星辰に及び、下は鳥獣草木昆蟲に至り、□□□鷁の退飛、五石の隕つる所を治めて、以て纖微を失わざる所なり。鴝鵒の来たる、冬に麋多きに至りては、鳥獣の類□□□を言うなり。十有二月、霜隕ちて菽を煞さずとは、寒暑の気、其の節を失うを言うなり。鳥獣草木すら尚お各おの其の所を得んと欲し、之を綱するに法を以てし、之を紀するに数を以てす。而るを況んや人に於てをや。
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『管子』四時是の故に春に凋み、秋に榮え、冬に雷あり、夏に霜雪有るは、此れ皆な氣の賊なり。刑德節を易え、次を失えば則ち賊氣遫やかに至り、賊氣遫やかに至れば則ち國に菑殃多し。是の故に聖王は時に務めて政を焉に寄せ、敎を作して武を寄せ、祀を作して德を寄す。此の三者は、聖王の天地の行に合する所以なり。日は陽を掌り、月は隂を掌り、星は和を掌る。陽は德と為り、隂は刑と為り、和は事と為る。是の故に日食すれば則ち德を失うの國之を惡み、月食すれば則ち刑を失うの國之を惡み、彗星見るれば則ち和を失うの國之を惡み、風と日と明を爭えば則ち生を失うの國之を惡む。是の故に聖王は日食すれば則ち德を脩め、月食すれば則ち刑を脩め、彗星見るれば則ち和を脩め、風と日と明を爭えば則ち生を脩む。此の四者は、聖王の天地の誅を免るる所以なり。信に能く之を行えば、五榖蕃息し、六畜殖えて甲兵强し。治積もれば則ち昌え、㬥虐積もれば則ち亡ぶ。
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説苑・善說晉の平公叔向に問いて曰く、「歲饑え民疫し、翟人我を攻む、我將に若何せん。」對えて曰く、「歲饑うるも來年にして反らん。疾疫將に止まんとす。翟人患うるに足らざるなり。」公曰く、「患い此れより大なる者有りや。」對えて曰く、「夫れ大臣祿を重んじて諫を極めず、近臣罪を畏れて敢えて言わず、左右小官に寵を顧みて君知らず。此れ誠に患いの大なる者なり。」公曰く、「善し。」是に於て國中に令して曰く、「諫めんと欲する者有らば之が爲に隱せ、左右國吏の罪に言い及ぶことあらば。」