説苑 / 政理
水濁則魚困,令苛則民亂,城峭則必崩,岸竦則必。故夫治國,譬若張琴,大絃急則小絃絕矣,故曰急轡御者非千里御也。有聲之聲,不過百里,無聲之聲,延及四海;故祿過其功者損,名過其實者削,情行合而民副之,禍福不虛至矣。詩云:「何其處也,必有與也;何其久也,必有以也。」此之謂也。
新字:水濁則魚困,令苛則民乱,城峭則必崩,岸竦則必。故夫治国,譬若張琴,大絃急則小絃絶矣,故曰急轡御者非千里御也。有声之声,不過百里,無声之声,延及四海;故禄過其功者損,名過其実者削,情行合而民副之,禍福不虚至矣。詩云:「何其処也,必有与也;何其久也,必有以也。」此之謂也。
書き下し
水濁れば則ち魚困しみ、令苛ければ則ち民亂れ、城峭しければ則ち必ず崩れ、岸竦てば則ち必ず阤る。故に夫れ國を治むるは、譬えば琴を張るが若し。大絃急なれば則ち小絃絕ゆ。故に曰く、轡を急にして御する者は千里の御に非ざるなり、と。聲有るの聲は百里に過ぎず、聲無きの聲は延いて四海に及ぶ。故に祿の其の功に過ぐる者は損じ、名の其の實に過ぐる者は削らる。情と行と合いて民之に副えば、禍福は虛しくは至らざるなり。詩に云う、「何ぞ其れ處るや、必ず與有ればなり。何ぞ其れ久しきや、必ず以有ればなり」とは、此を之れ謂うなり。
現代語訳
水が濁れば魚は苦しみ、法令が過酷であれば民は乱れ、城壁が険しすぎれば必ず崩れ、岸が切り立ちすぎれば必ず崩れ落ちる。だから国を治めるということは、たとえば琴の弦を張るようなものだ。太い弦を強く張りすぎれば、細い弦が先に切れてしまう。だから「手綱を急に締めて馬を御する者は、千里を走らせる名手ではない」と言うのである。音として聞こえる声の届く範囲は百里を超えないが、音のない声(徳の感化)は四海の果てまで広がる。だから功績以上の禄を受ける者はいずれ損なわれ、実質以上の名声を得る者はいずれ削り取られる。心と行いが一致し、民がそれに応じて従うならば、禍も福もいたずらに訪れることはない。詩経に「なぜそこに安住していられるのか、必ずそれを支える仲間があるからだ。なぜそれほど長く続くのか、必ずそれを支える理由があるからだ」とあるのは、まさにこのことを言うのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『淮南子』繆稱訓水 濁れば魚 噞し、令 苛なれば民 亂る。城 峭しき者は必ず崩れ、岸 青き者は必ず陀つ。故に商鞅 法を立てて支解せられ、吳起 刻削して車裂せらる。國を治むるは譬えば瑟を張るが若し。大絃 絚れば、則ち小絃 絕ゆ。故に轡を急にし策を數する者は、千里の禦に非ざるなり。有聲の聲は、百里に過ぎず。無聲の聲は、四海に施さる。是の故に祿 其の功に過ぐる者は損い、名 其の實に過ぐる者は蔽わる。情行 合いて名 之に副えば、禍福 虛しくは至らざるなり。身に醜夢有るも、正行に勝たず。國に妖祥有るも、善政に勝たず。是の故に前に軒冕の賞有るも、功無くして取る可からず。後に斧鉞の禁有るも、罪無くして蒙る可からず。素より正を修むる者は、道を離れざればなり。君子は小善を為すに足らずと謂いて之を舍てず。小善 積みて大善と為る。小不善を傷なう無しと為して之を為すと謂わず。小不善 積みて大不善と為る。是の故に積羽は舟を沈め、群輕は軸を折る。故に君子は微に禁ず。壹快は以て善を成すに足らず、快を積みて德と為る。壹恨は以て非を成すに足らず、恨を積みて怨と成る。故に三代の稱は、千歲の積譽なり。桀・紂の謗は、千歲の積毀なり。
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『塩鉄論』詔聖篇文學曰く、民の法を仰ぐは、猶お魚の水を仰ぐがごとし。水清ければ則ち靜かに、濁れば則ち擾る。擾るれば則ち其の居に安んぜず、靜かなれば則ち其の業を樂しむ。其の業を樂しめば則ち富み、富めば則ち仁生じ、贍らば則ち爭い止む。是を以て成・康の世、賞は施す所無く、法は加うる所無し。刑す可くして刑せざるに非ず、民に禁を犯す莫ければなり。賞す可くして賞せざるに非ず、民に仁ならざるは莫ければなり。斯くの若くんば、則ち吏は何を事として理めんや。今の民を治むる者は、拙御の馬を御するがごときなり。行けば則ち之を頓め、止まれば則ち之を擊つ。身は棰に創つき、吻は銜に傷つく。其の失う無きを求むるも、何ぞ得可けんや。幹溪の役は土崩し、梁氏は內潰す。嚴刑も禁ずる能わず、峻法も止むる能わず。故に罷馬は鞭棰を畏れず、罷民は刑法を畏れず。曾ねて之を累ぬと雖も、其れ益有らんや。
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説苑・說叢水源に倍けば則ち川竭れ、人信に倍けば則ち名達せず。義患に勝てば則ち吉、患義に勝てば則ち滅ぶ。五聖の謀も、時に逢うに如かず。辯智明慧も、世に遇うに如かず。鄙心有る者には、便勢を授くべからず。愚質有る者には、利器を予うべからず。多く易んずれば多く敗れ、多く言えば多く失う。
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貞観政要・君臣鑑戒窃かに在朝の群臣を観るに、枢機の寄を主(つかさど)る者に当たりては、或いは地は秦・晋に鄰し、或いは業は経綸に与る。並びに事を立て功を立て、皆な一時の選なり。之を衡軸に処らしむ。任は重しと為すなり。之に任ずること重しと雖も、之を信ずること未だ篤からずんば、則ち人或いは自ら疑う。人或いは自ら疑わば、則ち心に苟且を懐く。心に苟且を懐かば、則ち節義立たず。節義立たずんば、則ち名教興らず。名教興らずして、与に太平の基を固め、七百の祚を保つべきは、未だ之れ有らざるなり。又た聞く、国家は功臣を重惜し、旧悪を念わず。之を前聖に方(くら)ぶるに、一も間つ所無し、と。然れども但だ大事に寛にして、小罪に急なり。時に臨みて責怒し、未だ愛憎の心を免れず。以て政を為すべからず。君は其の禁を厳にするも、臣或いは之を犯す。況んや上は其の源を啓かば、下は必ず甚だしき有り。川壅がりて潰えなば、其の傷は必ず多し。凡百の黎元をして、何ぞ其の手足を措く所あらしめんや。此れ則ち君は一源を開き、下は百端の変を生ず。乱れざる者無きなり。『礼記』に曰く、「愛して其の悪を知り、憎みて其の善を知る」と。若し憎みて其の善を知らずんば、則ち善を為す者必ず懼る。愛して其の悪を知らずんば、則ち悪を為す者実に繁し。『詩』に曰く、「君子如(も)し怒らば、乱は庶(ちか)く遄(すみ)やかに沮(とど)まらん」と。然らば則ち古人の震怒は、将に以て悪を懲らさんとす。当今の威罰は、奸を長ずる所以なり。此れ唐・虞の心に非ざるなり。禹・湯の事に非ざるなり。『書』に曰く、「我を撫すれば則ち後、我を虐ぐれば則ち讎」と。荀卿子曰く、「君は舟なり。民は水なり。水は舟を載する所以にして、亦た舟を覆す所以なり」と。故に孔子曰く、「魚は水を失えば則ち死す。水は魚を失うも猶お水為り」と。故に唐・虞は戦戦栗栗として、日に一日を慎む。安くんぞ深く之を思わざるべけんや。安くんぞ熟(つらつ)ら之を慮らざるべけんや。
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説苑・說叢賢師良友其の側に在り、詩書禮樂前に陳なるも、棄てて不善を為す者は鮮なし。義士は心を欺かず、仁人は生を害せず。謀泄るれば則ち功無く、計設けざれば則ち事成らず。賢士は非とする所に事えず、事うる所を非とせず。愚者は間を行いて益ます固く、鄙人は詐を飾りて益ます野なり。聲は細なりとも聞こえざる無く、行いは隱すとも明らかならざる無し。至神は化せざる無く、至賢は移さざる無し。上信ぜず、下忠ならざれば、上下和せず、安しと雖も必ず危し。求むるに其の道を以てすれば則ち得ざる無く、為すに其の時を以てすれば則ち成らざる無し。
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『淮南子』泰族訓故に上下 道を異にすれば則ち治まり、道を同じくすれば則ち亂る。位 高くして道 大なる者は從い、事 大にして道 小なる者は凶なり。故に小快は義を害し、小慧は道を害し、小辯は治を害し、苛削は德を傷る。大政は險ならず、故に民 道き易し。至治は寬裕、故に下 相い賊わず。至忠は素に復る、故に民 情を匿す無し。