葉隠 / 聞書第二
一眼に逢うて、「御家などの崩るゝと云ふ事は末代までこれなく候。仔細は、生々世々、御家中に生れ出で、御家は我一人して抱留め申す。」と申し候へば、「大膽なる事を申す。」と笑ひ申され候。(二四五の時の事なり。)卓本和尚に一喝申され候。「御國に變りたる者出來申し候。昔恥かしからぬ。」と話し仕られ候と、承り申し候。出家物語なり。
新字:一眼に逢うて、「御家などの崩るゝと云ふ事は末代までこれなく候。仔細は、生々世々、御家中に生れ出で、御家は我一人して抱留め申す。」と申し候へば、「大胆なる事を申す。」と笑ひ申され候。(二四五の時の事なり。)卓本和尚に一喝申され候。「御国に変りたる者出来申し候。昔恥かしからぬ。」と話し仕られ候と、承り申し候。出家物語なり。
書き下し
ある時人に逢(お)うて、「御家(おいえ)などの崩るると云う事は末代までこれなく候。仔細(しさい)は、生々世々(しょうじょうせぜ)、御家中(ごかちゅう)に生れ出で、御家は我一人して抱留(かかえと)め申す。」と申し候えば、「大胆なる事を申す。」と笑い申され候。(二十四五の時の事なり。)卓本(たくほん)和尚に一喝申され候。「御国に変りたる者出来(しゅったい)申し候。昔恥かしからぬ。」と話し仕られ候と、承(うけたまわ)り申し候。出家物語なり。
現代語訳
ある人に会って、「御家(藩)が崩れるなどということは、末代まで決してありません。理由は、生まれ変わり生まれ変わって代々御家中に生まれ出で、御家はこの自分ひとりで支え留めるからです」と言ったところ、「大胆なことを言う」と笑われた。(二十四、五歳の頃のことである。)卓本和尚に一喝された。「御国に変わった者が出てきた。昔に恥じない立派さだ」と話されたと聞いている。出家の物語である。
解説
常朝が二十四、五歳の頃、「藩が滅びることなど末代までない。なぜなら自分は生まれ変わっても御家中に生まれ、この自分ひとりの力で御家を支え続けるからだ」と豪語した逸話です。周囲は「大胆な」と笑いましたが、一藩の存亡を我が一身に背負うという凄まじい当事者意識が表れています。組織の未来を「誰かがやる」ではなく「自分ひとりが担う」と引き受ける気概は、規模の大小を問わず、物事を動かす人に共通する心構えです。現実には一人で組織を支えきれませんが、そう思い切るほどの主体性が、かえって人を動かし信頼を生むという教えとして読めます。
この章句が説くこと
葉隠当事者意識気概主体性御家若き常朝
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