葉隠 / 聞書第二
一眼に逢うて、「御家などの崩るゝと云ふ事は末代までこれなく候。仔細は、生々世々、御家中に生れ出で、御家は我一人して抱留め申す。」と申し候へば、「大膽なる事を申す。」と笑ひ申され候。(二四五の時の事なり。)卓本和尚に一喝申され候。「御國に變りたる者出來申し候。昔恥かしからぬ。」と話し仕られ候と、承り申し候。出家物語なり。
新字:一眼に逢うて、「御家などの崩るゝと云ふ事は末代までこれなく候。仔細は、生々世々、御家中に生れ出で、御家は我一人して抱留め申す。」と申し候へば、「大胆なる事を申す。」と笑ひ申され候。(二四五の時の事なり。)卓本和尚に一喝申され候。「御国に変りたる者出来申し候。昔恥かしからぬ。」と話し仕られ候と、承り申し候。出家物語なり。
書き下し
ある時人に逢(お)うて、「御家(おいえ)などの崩るると云う事は末代までこれなく候。仔細(しさい)は、生々世々(しょうじょうせぜ)、御家中(ごかちゅう)に生れ出で、御家は我一人して抱留(かかえと)め申す。」と申し候えば、「大胆なる事を申す。」と笑い申され候。(二十四五の時の事なり。)卓本(たくほん)和尚に一喝申され候。「御国に変りたる者出来(しゅったい)申し候。昔恥かしからぬ。」と話し仕られ候と、承(うけたまわ)り申し候。出家物語なり。
現代語訳
ある人に会って、「御家(藩)が崩れるなどということは、末代まで決してありません。理由は、生まれ変わり生まれ変わって代々御家中に生まれ出で、御家はこの自分ひとりで支え留めるからです」と言ったところ、「大胆なことを言う」と笑われた。(二十四、五歳の頃のことである。)卓本和尚に一喝された。「御国に変わった者が出てきた。昔に恥じない立派さだ」と話されたと聞いている。出家の物語である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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論語・衛霊公篇子曰わく、君子はこれを己に求め、小人はこれを人に求む。
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福翁自伝・王政維新・教員金の多少を争う右の通り三田の新塾は万事都合能く行われて、塾の資本金こそ皆無なれ、生徒から毎月の授業料を取集めて之を教師に分配して、如何やら斯うやら立行くその中にも、教師は皆本塾の先進生であるから、この塾に居て余計な金を取ろうと云う考はない。第一私が一銭でも塾の金を取らぬのみか、普請の時などには毎度此方から金を出して遣る。教師達もその通りで、外に出れば随分給料の取れるのを取らずに塾の事を勤めるから、是れも私金を出すと同じ事である。凡そコンナ風で無資金の塾も維持が出来たが、その時の真面目を申せば、月末などに金を分配するとき、動もすれば教師の間に議論が起るその議論は即ち金の多少を争う議論で、僕はコンなに多く取る訳けはない、君の方が少ないと云うと、「イヤ爾うでない、僕は是れで沢山だ、イヤ多い、少ないと、喧嘩のように云てるから、私は側から見て、「ソリゃ又始まった、大概にして置きなさい、ドウせ足りない金だから宜い加減にして分けて仕舞え、争う程の事でもないと毎度笑て居ました。この通りで慶應義塾の成立は、教師の人々がこの塾を自分のものと思うて勉強したからの事です。決して私一人の力に叶う事ではない。人間万事余り世話をせずに放任主義の方が宜いかと思われます。その後時勢も次第に進歩するに従い、塾の維持金を集め、又大学部の為めにも募り、近来は又重ねて募集金を始めましたが、是れも私は余り深く関係せず、一切の事を塾出身の若い人に任せて居ます。
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