説苑 / 政理
魏文侯使西門豹往治於鄴,告之曰:「必全功成名布義。」豹曰:「敢問全功成名布義為之奈何?」文侯曰:「子往矣!是無邑不有賢豪辨博者也,無邑不有好揚人之惡,蔽人之善者也。往必問豪賢者,因而親之;其辨博者,因而師之;問其好揚人之惡,蔽人之善者,因而察之,不可以特聞從事。夫耳聞之不如目見之,目見之不如足踐之,足踐之不如手辨之;人始入官,如入晦室,久而愈明,明乃治,治乃行。」
新字:魏文侯使西門豹往治於鄴,告之曰:「必全功成名布義。」豹曰:「敢問全功成名布義為之奈何?」文侯曰:「子往矣!是無邑不有賢豪弁博者也,無邑不有好揚人之悪,蔽人之善者也。往必問豪賢者,因而親之;其弁博者,因而師之;問其好揚人之悪,蔽人之善者,因而察之,不可以特聞従事。夫耳聞之不如目見之,目見之不如足践之,足践之不如手弁之;人始入官,如入晦室,久而愈明,明乃治,治乃行。」
書き下し
魏の文侯、西門豹をして往きて鄴を治めしむ。之に告げて曰く、「必ず功を全うし名を成し義を布け。」豹曰く、「敢えて問う、功を全うし名を成し義を布くこと、之を為すこと奈何。」文侯曰く、「子往け。是れ邑として賢豪辨博なる者有らざるは無く、邑として人の惡を揚げ人の善を蔽うを好む者有らざるは無し。往かば必ず豪賢なる者を問いて、因りて之に親しめ。其の辨博なる者は、因りて之を師とせよ。其の人の惡を揚げ人の善を蔽うを好む者を問いて、因りて之を察せよ。特聞を以て事に從うべからず。夫れ耳に之を聞くは目に之を見るに如かず、目に之を見るは足に之を踐むに如かず、足に之を踐むは手に之を辨ずるに如かず。人始めて官に入るは、晦室に入るが如し。久しくして愈々明らかなり。明らかにして乃ち治まり、治まりて乃ち行わる。」
現代語訳
魏の文侯が西門豹を派遣して鄴の地を治めさせた。文侯は西門豹に告げて言った、「必ず功績を全うし、名声を成し遂げ、正義を広めよ。」西門豹は言った、「あえてお尋ねします。功績を全うし、名声を成し遂げ、正義を広めるとは、具体的にどうすればよいのでしょうか。」文侯は言った、「行きなさい。どの邑にも賢く豪気で弁が立ち博識な者がいないことはなく、またどの邑にも人の悪を言い立て、人の善を覆い隠すことを好む者がいないこともない。赴任したら、必ず賢く豪気な人物を探し出し、その者と親しくなりなさい。弁が立ち博識な者については、その者を師と仰ぎなさい。人の悪を言い立て善を覆い隠すことを好む者については、その者(の言うこと)をよく吟味しなさい。一方だけの評判を鵜呑みにして事を進めてはならない。耳で聞くことは目で見ることに及ばず、目で見ることは足で実際に踏んで確かめることに及ばず、足で踏んで確かめることは自らの手で見極めることに及ばない。人が初めて官職に就くのは、暗い部屋に入るようなものだ。時が経つにつれ次第に目が慣れて明るく見えてくる。物事が明らかに見えるようになって初めて治まり、治まって初めて(政策が)実行されるのだ。」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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戦国策・西門豹為鄴令西門豹鄴の令と為り、魏文侯に辞す。文侯曰わく、「子往け、必ず子の功を就(な)し、子の名を成さん。」西門豹曰わく、「敢えて問う、功を就し名を成すに、亦術有りや。」文侯曰わく、「之有り。夫れ郷邑の老者にして先ず坐を受くるの士は、子入りて其の賢良の士を問いて之に師事し、其の人の美を掩(おお)い人の醜を揚ぐるを好む者を求めて之を参験せよ。夫れ物相類して非なる者多し、幽莠(ゆうゆう)の幼きや禾(か)に似、驪牛(りぎゅう)の黄なるや虎に似、白骨は象に疑われ、武夫は玉に類す、此れ皆似て非なる者なり。」
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『淮南子』人間訓西門豹 鄴を治むるに、廩に積粟無く、府に儲錢無く、庫に甲兵無く、官に計會無し。人 數々其の過を文侯に言う。文侯 身ら其の縣を行くに、果たして人の言の若し。文侯曰く「翟璜 子に任じて鄴を治めしむるに、大いに亂る。子 能く道わば則ち可なり。能わずんば、將に誅を子に加えんとす」と。西門豹曰く「臣 聞く、王主は民を富まし、霸主は武を富まし、亡國は庫を富ますと。今 王 霸王爲らんと欲する者なり。臣 故に民に蓄積す。君 以て然らずと爲さば、臣 請う、城に升りて之を鼓せん。甲兵 粟米 立ちどころに具わる可きなり」と。是に於いて乃ち城に升りて之を鼓す。一たび鼓すれば、民 甲を被り矢を括り、兵弩を操りて出づ。再び鼓すれば、輦を負い粟あって至る。文侯曰く「之を罷めよ」と。西門豹曰く「民と信を約するは、一日の積に非ざるなり。一舉にして之を欺かば、後 復た用う可からざるなり。燕 常に魏の八城を侵す。臣 請う、北のかた之を擊ちて、以て侵地を復せん」と。遂に兵を舉げて燕を擊ち、地を復して而る後に反る。此れ罪有りて賞す可き者なり。
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『韓非子』外儲說左下第三十三往年臣君の為に鄴を治むるに、而るに君臣の璽を奪う。今臣左右の為に鄴を治むるに、而るに君臣を拜す。臣治むること能わず。
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風憲忠告・詢訪苐三今政を為す者、往往にして先入の言を以て主と為すは、彼一偏に狃(な)れ徇(したが)うに非ず、蓋し上下の情に通ぜざるに由るが故なり。故に其の情に通ずるは、悉心詢訪(じゅんぽう)するに如くは莫し。小にしては一県一州、大にしては一郡一国、吏孰(いず)れか貪邪、官孰れか廉正、何事か衆を病ましめ、何政か民を利するか、豪横の有無、風俗の厚薄、既にその凡(あらまし)を得て、他日詳らかに綜覈(そうかく)を加え、復た験(あか)すに事を以てせば、其れ孰か隠るるを得んや。苟しくも廉ならば、即ちこれを優しみ、これを礼貌し、これを薦挙せば、則ち善なる者勧む。苟しくも貪ならば、極品の貴と雖も、即ちこれを蔑(なみ)し、これを威拒し、これを紏劾せば、則ち悪を為す者懲む。推して士を待ち吏を遇するに至るも、亦然らざるは莫し。大抵一道の任は、猶お一家の務のごとし。善く家を為す者は、その子弟族属、下は奴隷に逮(およ)ぶまで、その情性の良否、皆当に知るべき所なり。一たび或いは及ばざれば、則ち将に甘んじて弄せらるる所と為りて悟らず、久しければ必ず是非顛倒し、佞を以て忠と為し、貪を以て廉と為し、無能を以て有能と為すに致り、政令行われずして紀綱替(すた)らん。前輩云う有り、「宰相為ること難からず、一心正しく、両眼眀らかならば足れり」と。烏呼、彼の風憲を長たる者、其の責任の重き、亦豈に夫の宰相に下らんや。之を若何ぞ前輩の言を以て法と為さざる。
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説苑・建本魏の武侯、元年を呉子に問う。呉子対えて曰わく、「国君は必ず始めを慎むを言うなり」と。「始めを慎むとは奈何」。曰わく、「之を正す」と。「之を正すとは奈何」。曰わく、「智を明らかにす。智明らかならざれば、何を以て正を見んや。多く聞きて択ぶ、明智を為す所以なり。是の故に古者、君始めて治を聴くに、大夫にして一言し、士にして一見し、庶人謁する有れば必ず達し、公族請い問えば必ず語り、四方至る者を距むこと勿し、壅蔽せずと謂うべし。禄を分かつに必ず及ぼし、刑を用うるに必ず中て、君の心必ず仁にして、君の利を思い民の害を除く、民衆を失わずと謂うべし。君身必ず正しく、近臣必ず選び、大夫官を兼ねず、民の柄を執る者一族に在らず、権勢せずと謂うべし。此れ皆春秋の意にして、元年の本なり」と。
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呂氏春秋・樂成⑤魏の襄王、群臣と飲し、酒酣にして、王、群臣の為に祝し、群臣をして皆志を得しめんとす。史起興ちて對えて曰く、「群臣に賢なる或り不肖なる或り。賢なる者志を得るは則ち可なり、不肖なる者志を得るは則ち不可なり。」王曰く、「皆西門豹の人臣為るが如きなり。」史起對えて曰く、「魏氏の田を行うや百畝を以てす。鄴獨り二百畝なり。是れ田惡しきなり。漳水、其の旁に在れども、西門豹、用うるを知らず。是れ其れ愚なり。知りて言わざるは、是れ不忠なり。愚と不忠とは、效う可からざるなり。」魏王以て之に應うる無し。明日、史起を召して焉に問いて曰く、「漳水は猶ほ以て鄴の田に灌ぐ可きか。」史起對えて曰く、「可なり。」王曰く、「子何ぞ寡人の為に之を為さざる。」史起曰く、「臣、王の為すこと能わざるを恐るるなり。」王曰く、「子誠に能く寡人の為に之を為さば、寡人盡く子に聽かん。」史起敬みて諾し、之を王に言いて曰く、「臣、之を為せば、民必ず大いに臣を怨まん。大なれば死し、其の次は乃ち臣を籍せん。臣死藉せらると雖も、願わくは王の他人をして之を遂げしめんことを。」王曰く、「諾。」之をして鄴の令為らしむ。史起因りて往きて之を為す。鄴の民大いに怨み、史起を籍せんと欲す。史起敢て出でずして之を避く。王乃ち他人をして之を遂為せしむ。水已に行き、民大いに其の利を得、相與に之を歌いて曰く、「鄴に聖令有り、時れ史公為り、漳水を決し、鄴の旁に灌ぐ。終古の斥鹵、之の稻粱を生ず。」民をして可と不可とを知らしむれば、則ち用うる所無し。賢主忠臣、愚を導き陋を教うる能わざれば、則ち名後に冠せず、實世に及ばず。史起、化を知らざるに非ざるなり、主に忠なるを以てなり。魏の襄王は能く善を決すと謂う可し。誠に能く善を決すれば、衆諠譁すと雖も變を為さず。功の立ち難きや、其れ必ず哅哅に由るか。國の殘亡も亦た猶ほ此くのごときなり。故に哅哅の中、味わざる可からざるなり。中主は之が哅哅を以て善を止め。賢主は之が哅哅を以て功を立つるなり。