淮南子 / 繆稱訓
水濁者魚噞,令苛者民亂。城峭者必崩,岸青者必陀。故商鞅立法而支解,吳起刻削而車裂。治國譬若張瑟,大絃絚,則小絃絕矣。故急轡數策者,非千里之禦也。有聲之聲,不過百里;無聲之聲,施于四海。是故祿過其功者損,名過其實者蔽。情行合而名副之,禍福不虛至矣。身有醜夢,不勝正行;國有妖祥,不勝善政。是故前有軒冕之賞,不可以無功取也;後有斧鉞之禁,不可以無罪蒙也。素修正者,弗離道也。君子不謂小善不足為也而舍之,小善積而為大善;不謂小不善為無傷也而為之,小不善積而為大不善。是故積羽沈舟,群輕折軸。故君子禁于微。壹快不足以成善,積快而為德;壹恨不足以成非,積恨而成怨。故三代之稱,千歲之積譽也;桀、紂之謗,千歲之積毀也。
新字:水濁者魚噞,令苛者民乱。城峭者必崩,岸青者必陀。故商鞅立法而支解,吳起刻削而車裂。治国譬若張瑟,大絃絚,則小絃絶矣。故急轡数策者,非千里之禦也。有声之声,不過百里;無声之声,施于四海。是故禄過其功者損,名過其実者蔽。情行合而名副之,禍福不虚至矣。身有醜夢,不勝正行;国有妖祥,不勝善政。是故前有軒冕之賞,不可以無功取也;後有斧鉞之禁,不可以無罪蒙也。素修正者,弗離道也。君子不謂小善不足為也而舎之,小善積而為大善;不謂小不善為無傷也而為之,小不善積而為大不善。是故積羽沈舟,群軽折軸。故君子禁于微。壱快不足以成善,積快而為徳;壱恨不足以成非,積恨而成怨。故三代之称,千歳之積誉也;桀、紂之謗,千歳之積毀也。
書き下し
水 濁れば魚 噞し、令 苛なれば民 亂る。城 峭しき者は必ず崩れ、岸 青き者は必ず陀つ。故に商鞅 法を立てて支解せられ、吳起 刻削して車裂せらる。國を治むるは譬えば瑟を張るが若し。大絃 絚れば、則ち小絃 絕ゆ。故に轡を急にし策を數する者は、千里の禦に非ざるなり。有聲の聲は、百里に過ぎず。無聲の聲は、四海に施さる。是の故に祿 其の功に過ぐる者は損い、名 其の實に過ぐる者は蔽わる。情行 合いて名 之に副えば、禍福 虛しくは至らざるなり。身に醜夢有るも、正行に勝たず。國に妖祥有るも、善政に勝たず。是の故に前に軒冕の賞有るも、功無くして取る可からず。後に斧鉞の禁有るも、罪無くして蒙る可からず。素より正を修むる者は、道を離れざればなり。君子は小善を為すに足らずと謂いて之を舍てず。小善 積みて大善と為る。小不善を傷なう無しと為して之を為すと謂わず。小不善 積みて大不善と為る。是の故に積羽は舟を沈め、群輕は軸を折る。故に君子は微に禁ず。壹快は以て善を成すに足らず、快を積みて德と為る。壹恨は以て非を成すに足らず、恨を積みて怨と成る。故に三代の稱は、千歲の積譽なり。桀・紂の謗は、千歲の積毀なり。
現代語訳
水が濁れば魚は口を出し、令が苛烈なら民は乱れる。城壁が切り立っていれば必ず崩れ、岸が高く立っていれば必ず落ちる。だから商鞅は法を立てて手足を裂かれ、呉起は削り取るような政をして車裂きにされた。国を治めるのは瑟の弦を張るようなものだ。太い弦を強く張れば、細い弦が切れる。だから手綱を締めつけ鞭を重ねる者は、千里を行く御者ではない。声のある声は百里を越えない。声のない声は四海に及ぶ。だから禄がその功を上回る者は損をし、名がその実を上回る者は覆い隠される。実情と行いが合って名がそれに副えば、禍も福もいわれなく来ることはない。身に悪い夢があっても、正しい行いには勝てない。国に不吉な兆しがあっても、善い政には勝てない。だから前に位と冠の賞があっても、功なしに取ってはならない。後ろに斧鉞の禁があっても、罪なしに被ってはならない。ふだんから正しさを修めている者は、道を離れないからである。君子は小さな善をするに足りないと言って捨てない。小さな善が積もって大きな善になる。小さな不善を害はないと言って行わない。小さな不善が積もって大きな不善になる。だから積もった羽は舟を沈め、集まった軽いものは車軸を折る。だから君子は微かなうちに禁じる。一度の快さでは善を成せず、快さが積もって徳になる。一度の恨みでは非を成せず、恨みが積もって怨みになる。だから三代が称えられるのは千年の積もった誉れであり、桀と紂がそしられるのは千年の積もったそしりである。
解説
この章句が説くこと
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論語・雍也篇子曰く、觚、觚ならず。觚ならんや、觚ならんや。
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呂氏春秋・審分⑤故に其の實を按じて其の名を審らかにして、以て其の情を求め、其の言を聽きて其の類を察し、放悖せしむる無し。夫れ名は其の實に當らざること多くして、事は其の用に當らざる者多し。故に人主は以て名分を審らかにせざる可からざるなり。名分を審らかにせざるは、是れ壅を惡みて愈々塞がるなり。壅塞の任は、臣下に在らず、人主に在り。堯・舜の臣、獨り義ならず、湯・禹の臣、獨り忠ならず、其の數を得ればなり。桀・紂の臣、獨り鄙ならず、幽・厲の臣、獨り辟ならず、其の理を失えばなり。
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呂氏春秋・正名①名正しければ則ち治まり、名喪わるれば則ち亂る。名をして喪わしむる者は、淫説なり。説くこと淫なれば、則ち可ならざるを可として、然らざるを然りとし、是ならざるを是として、非ならざるを非とす。故に君子の説くや、以て賢者の實、不肖者の充を言うに足るのみ。治の悖る所、亂の由りて起こる所を喩すに足るのみ。以て物の情、人の獲て以て生ずる所を知るに足るのみ。