説苑 / 復恩
東閭子嘗富貴而後乞,人問之,曰:「公何為如是?」曰:「吾自知吾嘗相六七年未嘗荐一人也;吾嘗富三千萬者再,未嘗富一人;不知士出身之咎然也。孔子曰:『物之難矣,小大多少各有怨惡,數之理也,人而得之,在於外假之也。』」
新字:東閭子嘗富貴而後乞,人問之,曰:「公何為如是?」曰:「吾自知吾嘗相六七年未嘗荐一人也;吾嘗富三千万者再,未嘗富一人;不知士出身之咎然也。孔子曰:『物之難矣,小大多少各有怨悪,数之理也,人而得之,在於外仮之也。』」
書き下し
東閭子嘗て富貴にして後に乞ふ、人之に問ひて曰く、「公何為れぞ是くの如きか」と。曰く、「吾自ら知る、吾嘗て相たること六七年、未だ嘗て一人をも荐めず、吾嘗て三千万を富むこと再びせしも、未だ嘗て一人をも富ましめず、士出身の咎然たるを知らざるなり。孔子曰く、『物の難きこと、小大多少各々怨悪有り、数の理なり、人にして之を得るは、外の之を仮すに在り』と」と。
現代語訳
東閭子はかつて富貴の身であったが、後には物乞いをする身にまで落ちぶれた。ある人がこれを尋ねて「あなたはどうしてこのようになってしまったのですか」と言った。東閭子は言った、「私は自分でよく分かっている。私はかつて六、七年も宰相を務めたが、その間ただの一人も人材を推挙したことがなかった。私はかつて二度も三千万もの富を築いたが、その間ただの一人も豊かにしてやったことがなかった。人が世に出るために他者の助けが必要だということを、私は理解していなかったのだ。孔子はこう言っている、『物事の難しさというものは、大小や多寡を問わず、それぞれに怨みや憎しみを生む、これは数の道理である。人が何かを成し遂げられるのは、外部からの助けを借りることによってなのだ』と」と。
解説
富貴の絶頂から物乞いへと転落した東閭子が、その原因を運命や他者のせいにせず、自分自身が「誰も推挙せず、誰も富ませなかった」という一点に見出す自己分析の鋭さが際立つ逸話である。彼は権力と富を独り占めし、それを他者と分かち合うことをしなかった結果として、いざ自分が困窮したときに誰からも助けの手が差し伸べられなかったことを悟る。「人が何かを成し遂げられるのは外部からの助けを借りることによる」という孔子の言葉は、成功や富の蓄積を独占的な達成と捉えるのではなく、他者との相互扶助のネットワークの中でこそ持続可能になるという教訓を伝える。恩恵を独り占めした報いは、自分が助けを必要とする時に返ってくるという因果を静かに語る一節である。
この章句が説くこと
分かち合いの欠如自己反省相互扶助
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