孟子 / 離婁章句下
孟子曰、言人之不善、當如後患何。
新字:孟子曰、言人之不善、当如後患何。
書き下し
孟子曰く、「人の不善を言わば、當に後患を如何すべき。」
現代語訳
孟子は言った。 「人の善くない点を言いふらせば、それによる患難がわが身に及ぶことになる。そうなればどう対処するつもりなのか。」
解説
他人の欠点や失敗を安易に口にして批判することは、巡り巡って自分自身に災いをもたらします。悪口や噂話は人間関係にヒビを入れるだけでなく、周囲からの自分の信用をも落とす結果になります。誰にでも欠点はありますが、それを非難するのではなく、寛容な心で受け止めたり、反面教師として自分の成長に活かしたりすることが大切です。他者の不完全さを許容することは、結果的に自分自身を守ることにもつながります。
この章句が説くこと
悪口の戒め寛容さ自己反省信用
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