説苑 / 復恩
魏文侯攻中山,樂羊將,已得中山,還反報文侯,有喜功之色,文侯命主書曰:「群臣賓客所獻書操以進。」主書者舉兩篋以進,令將軍視之,盡難中山之事也,將軍還走北面而再拜曰:「中山之舉也,非臣之力,君之功也。」
新字:魏文侯攻中山,楽羊将,已得中山,還反報文侯,有喜功之色,文侯命主書曰:「群臣賓客所献書操以進。」主書者舉両篋以進,令将軍視之,尽難中山之事也,将軍還走北面而再拝曰:「中山之舉也,非臣之力,君之功也。」
書き下し
魏の文侯中山を攻む、楽羊将たり、已に中山を得、還り反りて文侯に報ず、喜功の色有り、文侯主書に命じて曰く、「群臣賓客の献ずる所の書、操りて以て進めよ」と。主書の者両篋を挙げて以て進む、将軍をして之を視しむるに、尽く中山を難ずるの事なり、将軍還り走りて北面して再拝して曰く、「中山の挙は、臣の力に非ず、君の功なり」と。
現代語訳
魏の文侯が中山国を攻めた。楽羊が将軍であった。すでに中山を攻め落とし、帰還して文侯に戦果を報告した際、彼には得意げな様子があった。文侯は文書係に命じて言った、「群臣や賓客から献上された文書を、すべて手に取って進呈せよ」と。文書係が二つの箱を持ってきて差し出した。将軍にそれを見せると、そこにあったのはすべて中山攻めに反対し楽羊を非難する内容の文書ばかりであった。将軍は驚いて後ずさりし、北を向いて二度拝礼して言った、「中山を攻め落とせたのは、私の力によるものではありません、殿の功績です」と。
解説
戦功を誇る将軍に対し、文侯は言葉で咎めることなく、自分がその陰で受け止め続けていた反対文書の山を無言で示すという極めて洗練された諫め方をする。楽羊はその箱を見た瞬間、自らの功績が己の力だけによるものではなく、外部からの猛烈な反対を主君が一身に受け止め、将軍を信じて任せ続けた結果であることを悟る。組織においても、部下が現場で成果を上げられる背景には、上層部が水面下で浴びる圧力や批判を黙って引き受けているという構図がしばしば存在する。成果を誇る前に、その成果を支えた見えない防波堤の存在に気づけるかどうかが、真に成熟した部下としての姿勢を分ける。
この章句が説くこと
陰の支え謙虚信任
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