説苑 / 貴德
景公遊於壽宮,睹長年負薪而有饑色,公悲之,喟然嘆曰:「令吏養之。」晏子曰:「臣聞之,樂賢而哀不肖,守國之本也;今君愛老而恩無不逮,治國之本也。」公笑有喜色。晏子曰:「聖王見賢以樂賢,見不肖以哀不肖;今請求老弱之不養,鰥寡之不室者,論而供秩焉。」景公曰:「諾。」於是老弱有養,鰥寡有室。
新字:景公遊於寿宮,睹長年負薪而有饑色,公悲之,喟然嘆曰:「令吏養之。」晏子曰:「臣聞之,楽賢而哀不肖,守国之本也;今君愛老而恩無不逮,治国之本也。」公笑有喜色。晏子曰:「聖王見賢以楽賢,見不肖以哀不肖;今請求老弱之不養,鰥寡之不室者,論而供秩焉。」景公曰:「諾。」於是老弱有養,鰥寡有室。
書き下し
景公壽宮に遊び、長年薪を負ひて饑色有るを睹る、公之を悲しみ、喟然として嘆じて曰く、「吏をして之を養はしめよ」と。晏子曰く、「臣之を聞く、賢を楽しみて不肖を哀しむは、国を守るの本なり、今君老を愛して恩逮ばざる無きは、国を治むるの本なり」と。公笑ひて喜色有り。晏子曰く、「聖王は賢を見て以て賢を楽しみ、不肖を見て以て不肖を哀しむ、今請ふ老弱の養はれざる者、鰥寡の室せざる者を求め、論じて秩を供せん」と。景公曰く、「諾」と。是に於て老弱養はるる有り、鰥寡室有り。
現代語訳
景公が寿宮で遊んでいたとき、老人が薪を背負って飢えた顔色をしているのを見かけた。景公はこれを悲しみ、ため息をついて言った、「役人に命じてこの者を養わせよう」と。晏子は言った、「私が聞くところでは、賢者を喜び愚者を哀れむのは国を守る根本であり、今、殿が老人を慈しみ恩恵の行き渡らぬところがないようにされるのは、国を治める根本です」と。景公は笑って喜びの色を見せた。晏子はさらに言った、「聖王は賢者を見れば賢者を喜び、愚者や不遇な者を見ればこれを哀れむものです。どうか今、老いて弱り養われていない者、連れ合いを失い家を持てない者を調べ上げ、それぞれに応じた扶助を与えましょう」と。景公は「よかろう」と言った。こうして老弱の者は養われ、独り身の者には家が与えられた。
解説
この章句が説くこと
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説苑・貴德景公爵鷇を探る、鷇弱ければ故に之を反す、晏子之を聞き、請ふを待たずして入り見る、景公汗出でて惕然たり、晏子曰く、「君何為る者ぞや」と。景公曰く、「我爵鷇を採るに、鷇弱ければ故に之を反す」と。晏子逡巡し北面再拝して之を賀して曰く、「吾が君聖王の道有り」と。景公曰く、「寡人爵鷇を探るに入り、鷇弱ければ故に之を反す、其れ聖王の道に当る者は何ぞや」と。晏子対へて曰く、「君爵鷇を探るに、鷇弱ければ故に之を反すは、是れ長幼を長ずるなり。吾が君仁愛にして、禽獣に之を加ふ、而るを況んや人に於てをや。此れ聖王の道なり」と。
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説苑・至公齊の景公嘗て賞賜後宮に及び、文繡臺榭を被い、菽粟鳧鴈に食わしむ。出でて殣を見、晏子に謂いて曰く、「此れ何為れぞ死せる」と。晏子對えて曰く、「此れ餧えて死せるなり」と。公曰く、「嘻!寡人の德無きこと、何ぞ甚だしきや」と。晏子對えて曰く、「君の德著れて彰らかなり、何ぞ德無きと為さんや」と。景公曰く、「何の謂いぞや」と。對えて曰く、「君の德後宮と臺榭とに及び、君の玩物は之に衣するに文繡を以てし、君の鳧鴈は之に食わすに菽粟を以てす。君の內を營みて自ら樂しむ心、延いて後宮の族に及ぶ、何ぞ其れ德無からんや。顧みて臣請う君に有らんことを、君の意に由り、自ら樂しむの心を、推して百姓と之を同じくせば、則ち何の殣か之れ有らん。君此を推さずして苟くも內を營みて私を好み、財貨をして偏に聚まる所有らしめ、菽粟幣帛囷府に腐れ、惠百姓に遍く加わらず、公心國に周からずんば、則ち桀紂の亡ぶる所以なり。夫れ士民の叛く所以は、之を偏するに由るなり。君如し臣嬰の言を察し、君の盛德を推し、之を天下に公布せば、則ち湯武為すべきなり、一殣何ぞ恤うるに足らんや」と。
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説苑・正諫景公正昼に髪を被り六馬に乗り、婦人を御して正閨より出づ。刖跪其の馬を撃ちて之を反す。曰わく、「爾吾が君に非ざるなり」と。公慚じて朝せず。晏子裔敖を睹て問いて曰わく、「君何の故にか朝せざる」と。対えて曰わく、「昔者君正昼に髪を被り六馬に乗り、婦人を御して正閨より出づ。刖跪其の馬を撃ちて之を反して曰わく、『爾吾が君に非ざるなり』と。公慚じて反り、果たして出でず。是を以て朝せず」と。晏子入りて見ゆ。公曰わく、「昔者寡人罪有り。髪を被り六馬に乗り、以て正閨を出づ。刖跪其の馬を撃ちて之を反し、曰わく、『爾吾が君に非ざるなり』と。寡人天子大夫の賜を以て、百姓を率いて宗廟を守るを得たり。今刖跪に戮せられて以て社稷を辱む。吾猶お以て諸侯に斉しかるべきか」と。晏子対えて曰わく、「君悪しむこと無かれ。臣之を聞く、下に直辞無きは、上に君を隠す無し。民多く言を諱めば、君驕行有り。古者明君上に在れば、下に直辞有り。君上善を好めば、民言を諱む無し。今君行を失う有りて、刖跪直辞有り。是れ君の福なり。故に臣来たりて慶す。請う之を賞して、以て君の善を好むを明らかにせよ。之を礼して、以て君の諫を受くるを明らかにせよ」と。公笑いて曰わく、「可なるか」と。晏子曰わく、「可なり」と。是に於て刖跪をして資を倍せしめ正すこと無からしめ、時朝に事無し。
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