説苑 / 臣術
王制曰:「假於鬼神時日卜筮以疑於眾者殺也。」子路為蒲令,備水災,與民春修溝瀆,為人煩苦,故予人一簞食,一壺漿,孔子聞之,使子貢復之,子路忿然不悅,往見夫子曰:「由也以暴雨將至,恐有水災,故與人修溝瀆以備之,而民多匱於食,故與人一簞食一壺漿,而夫子使賜止之,何也?夫子止由之行仁也,夫子以仁教而禁其行仁也,由也不受。」子曰:「爾以民為餓,何不告於君,發倉廩以給食之;而以爾私饋之,是汝不明君之惠,見汝之德義也,速已則可矣,否則爾之受罪不久矣。」子路心服而退也。
新字:王制曰:「仮於鬼神時日卜筮以疑於眾者殺也。」子路為蒲令,備水災,与民春修溝瀆,為人煩苦,故予人一簞食,一壺漿,孔子聞之,使子貢復之,子路忿然不悅,往見夫子曰:「由也以暴雨将至,恐有水災,故与人修溝瀆以備之,而民多匱於食,故与人一簞食一壺漿,而夫子使賜止之,何也?夫子止由之行仁也,夫子以仁教而禁其行仁也,由也不受。」子曰:「爾以民為餓,何不告於君,発倉廩以給食之;而以爾私饋之,是汝不明君之恵,見汝之徳義也,速已則可矣,否則爾之受罪不久矣。」子路心服而退也。
書き下し
王制に曰く、「鬼神時日卜筮に仮りて以て衆を疑わす者は殺すなり」と。子路蒲の令と為り、水災に備え、民と与に春溝瀆を修む、人の為に煩苦す、故に人に一簞の食、一壺の漿を予う。孔子之を聞き、子貢をして之を復せしむ。子路忿然として悦ばず、往きて夫子に見えて曰く、「由や暴雨将に至らんとするを以て、水災有らんことを恐れ、故に人と与に溝瀆を修めて以て之に備う。而して民食に匱しき者多し、故に人に一簞の食一壺の漿を予う。而して夫子賜をして之を止めしむるは何ぞや。夫子由の仁を行うを止む、夫子仁を以て教えて其の仁を行うを禁ず、由受けず」と。子曰く、「爾民を以て餓えたりと為さば、何ぞ君に告げて倉廩を発きて以て之に食を給せざる、而して爾の私を以て之を饋る、是れ汝君の恵みを明らかにせずして、汝の徳義を見わすなり。速やかに已めば則ち可なり、否らざれば爾の罪を受くること久しからざらん」と。子路心服して退くなり。
現代語訳
王制には「鬼神や吉凶の日、占いにかこつけて民衆を惑わす者は死罪とする」とある。子路が蒲の地の長官となり、水害に備えて民と共に春に溝や水路を修理させた。人々を煩わせ苦しめることになったので、一人に一椀の食事と一壺の飲み物を分け与えた。孔子はこれを聞いて、子貢に行かせてそれをやめさせた。子路は憤慨して不満に思い、孔子のもとへ行って言った。「私は激しい雨が来ようとしていたので、水害を恐れ、人々と共に溝や水路を修理して備えました。しかし民には食糧が不足している者が多かったので、一人一椀の食事と一壺の飲み物を分け与えました。それなのに先生が賜(子貢)にこれをやめさせたのはなぜですか。先生は私が仁を行うのを止めるのですか。先生は仁を教えながら、その仁の実践を禁じるのですか。私は納得できません。」孔子は言った。「お前が民を飢えていると思うなら、なぜ君主に申し出て倉庫を開かせ、民に食糧を給付させないのか。自分の私財でそれを施せば、これは君主の恩恵を明らかにせず、お前自身の徳義だけを目立たせることになる。すぐにやめれば問題ないが、そうでなければお前は罪を受けることになるだろう。」子路は心から納得して退いた。
解説
この章句が説くこと
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孔子家語・致思子路孔子に見えて曰わく、「重きを負い遠きを渉るには、地を択ばずして休み、家貧しく親老いては、禄を択ばずして仕う。昔者由や、二親に事うるの時、常に藜藿の実を食らい、親の為に米を負うこと百里の外にす。親歿するの後、南のかた楚に遊ぶ。従車百乗、粟を積むこと万鐘、茵を累ねて坐し、鼎を列ねて食らう。藜藿を食らい、親の為に米を負わんと願欲すれども、復た得可からざるなり。枯魚索に銜まるるは、幾何ぞ蠹せざらん。二親の寿は、忽として隙を過ぐるが若し。」 孔子曰わく、「由や親に事うるは、生きては事えて力を尽くし、死しては事えて思いを尽くす者と謂う可し。」
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孔子家語・致思子路蒲の宰と為る。水備を為し、其の民と溝瀆を修む。民の労煩苦しむを以て、人に一簞の食、一壺の漿を与う。孔子之を聞き、子貢をして之を止めしむ。 子路忿りて悦ばず、孔子に見えて曰わく、「由や暴雨将に至らんとするを以て、水災有らんことを恐れ、故に民と溝洫を修めて以て之に備う。而して民に匱餓する者多し、是を以て簞食壺漿もて之に与う。夫子賜をして之を止めしむ、是れ夫子由の仁を行うを止むるなり。夫子仁を以て教えて其の行いを禁ず、由受けざるなり。」 孔子曰わく、「汝民を以て餓うと為さば、何ぞ君に白して倉廩を発きて以て之を賑わさざる。而して私に爾の食を以て之に饋る、是れ汝君の恵無きを明らかにし、而して己の徳の美を見わすなり。汝速やかに已めば則ち可なり、然らずんば則ち汝の罪せらるること必せり。」
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論語・雍也篇季康子問う、「仲由は政に従わしむ可きか。」子曰く、「由や果、政に従うに於いて何か有らん。」曰く、「賜は政に従わしむ可きか。」曰く、「賜や達、政に従うに於いて何か有らん。」曰く、「求は政に従わしむ可きか。」曰く、「求や芸、政に従うに於いて何か有らん。」
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孔子家語・始誅孔子魯の司寇と為り、相の事を摂行し、喜色有り。仲由問いて曰く、「由聞く、君子禍至るも懼れず、福至るも喜ばず、と。今夫子位を得て喜ぶは、何ぞや。」孔子曰く、「然り、是の言有るなり。貴を以て人に下るを楽しむと曰わずや。」
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史記 仲尼弟子列伝仲由、字は子路、卞の人なり。孔子より少きこと九歳。子路の性は鄙しく、勇力を好み、志は伉直なり。雄鶏を冠し、豭豚を佩び、孔子を陵暴す。孔子、礼を設けて稍く子路を誘ふ。子路後に儒服して質を委し、門人に因りて弟子為るを請ふ。子路、政を問ふ。孔子曰く、「之に先んじ、之を労ふ」と。益さんことを請ふ。曰く、「倦む無かれ」と。子路問ふ、「君子は勇を尚ぶか」と。孔子曰く、「義を之れ上と為す。君子、勇を好みて義無ければ則ち乱し、小人、勇を好みて義無ければ則ち盗す」と。子路、聞くこと有り、未だ之を行ふ能はざれば、唯だ聞くこと有るを恐る。孔子曰く、「片言以て獄を折む可き者は、其れ由なるか」と。「由や勇を好むこと我に過ぐ。材を取る所無し」と。「由の若きや、其の死を得ざらん」と。季康子問ふ、「仲由は仁なるか」と。孔子曰く、「千乗の国、其の賦を治めしむ可し、其の仁なるを知らず」と。
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孔子家語・致思子路蒲を治め、見えんことを孔子に請いて曰わく、「由夫子に教えを受けんことを願う。」 子曰わく、「蒲は其れ如何。」 対えて曰わく、「邑壮士多く、又治め難きなり。」 子曰わく、「然り、吾爾に語らん。恭にして敬なれば、以て勇を攝む可し。寛にして正しければ、以て強を懐く可し。愛にして恕なれば、以て困を容る可し。温にして断なれば、以て奸を抑う可し。此くの如くにして之に加うれば、則ち正すこと難からず。」