戦国策 / 華軍之戰
華軍之戰,魏不勝秦。明年,將使段干崇割地而講。孫臣謂魏王曰:『魏不以敗之上割,可謂善用不勝矣;而秦不以勝之上割,可謂不能用勝矣。今處期年乃欲割,是羣臣之私而王不知也。且夫欲璽者,段干子也,王因使之割地;欲地者,秦也,而王因使之受璽。夫欲璽者制地,而欲地者制璽,其勢必无魏矣。且夫姦臣固皆欲以地事秦。以地事秦,譬猶抱薪而救火也。薪不盡,則火不止。今王之地有盡,而秦之求无窮,是薪火之說也。』魏王曰:『善。雖然,吾已許秦矣,不可以革也。』對曰:『王獨不見夫博者之用梟邪?欲食則食,欲握則握。今君劫於羣臣而許秦,因曰不可革,何用智之不若梟也?』魏王曰:『善。』乃案其行。
新字:華軍之戦,魏不勝秦。明年,将使段干崇割地而講。孫臣謂魏王曰:『魏不以敗之上割,可謂善用不勝矣;而秦不以勝之上割,可謂不能用勝矣。今処期年乃欲割,是羣臣之私而王不知也。且夫欲璽者,段干子也,王因使之割地;欲地者,秦也,而王因使之受璽。夫欲璽者制地,而欲地者制璽,其勢必无魏矣。且夫姦臣固皆欲以地事秦。以地事秦,譬猶抱薪而救火也。薪不尽,則火不止。今王之地有尽,而秦之求无窮,是薪火之説也。』魏王曰:『善。雖然,吾已許秦矣,不可以革也。』対曰:『王独不見夫博者之用梟邪?欲食則食,欲握則握。今君劫於羣臣而許秦,因曰不可革,何用智之不若梟也?』魏王曰:『善。』乃案其行。
書き下し
華軍の戦い、魏秦に勝たず。明年、将に段干崇をして地を割きて講ぜしめんとす。孫臣魏王に謂いて曰く、「魏敗れて之が上を割かざれば、善く不勝を用うと謂う可し。而して秦勝ちて之が上を割かざれば、勝つを用うる能わずと謂う可し。今処ること期年にして乃ち割かんと欲するは、是れ群臣の私にして王知らざるなり。且つ夫れ璽を欲する者は、段干子なり、王因りて之をして地を割かしむ。地を欲する者は、秦なり、而して王因りて之をして璽を受けしむ。夫れ璽を欲する者は地を制し、而して地を欲する者は璽を制す、其の勢必ず魏無からん。且つ夫れ姦臣固より皆地を以て秦に事えんと欲す。地を以て秦に事うるは、譬(たと)えば猶お薪を抱きて火を救うがごとし。薪尽きざれば、則ち火止まず。今王の地に尽くる有り、而して秦の求めに窮まり無し、是れ薪火の説なり」と。魏王曰く、「善し。然りと雖も、吾已に秦に許せり、以て革(あらた)む可からず」と。対(こた)えて曰く、「王独り夫れ博(ばく)打つ者の梟(きょう)を用うるを見ざるか。食わんと欲すれば則ち食い、握らんと欲すれば則ち握る。今君群臣に劫(おびやか)されて秦に許すも、因りて革む可からずと曰う、何ぞ智の梟にも若かざるや」と。魏王曰く、「善し」と。乃ち其の行を案(や)む。
現代語訳
華での戦いで、魏は秦に敗れた。翌年、魏は段干崇を使者として遣わし、土地を割いて秦と講和させようとした。孫臣は魏王にこう説いた。「魏が敗れておきながら最上の土地を割かずに済ませられれば、負け戦をうまく処理したと言えます。しかし秦が勝っておきながら最上の土地を割かせられなければ、勝ち戦をうまく活かせなかったと言えます。今、戦いから一年経ってから土地を割こうとするのは、これは群臣たちの私利によるものであって、王はそのことにお気づきではありません。そもそも(講和の)印璽を得たいのは段干子であり、王はそれゆえに彼に土地を割かせようとしています。土地を得たいのは秦であり、王はそれゆえに秦に印璽を受け取らせようとしています。印璽を欲しがる者(段干子)は土地の力を握り、土地を欲しがる者(秦)は印璽の力を握っているのですから、この形勢では魏はいずれ立ち行かなくなるでしょう。そもそも国を害する臣下というものは、皆一様に土地を割いて秦に仕えようとするものです。土地をもって秦に仕えるのは、たとえて言えば薪を抱えて火を消しに行くようなものです。薪が尽きなければ、火は消えません。今、王の領土には限りがありますが、秦の要求には際限がありません。これがまさに薪と火の譬えの意味するところです。」魏王は言った。「なるほど。とはいえ、私はすでに秦に約束してしまった。もはや改めるわけにはいかない。」孫臣は答えた。「王はご覧になったことがないでしょうか、博打を打つ者が梟(きょう、賭博の駒の一種)を使うやり方を。食べたいときには食べさせ、握っておきたいときには握っておく、思いのままに扱うものです。今、あなたは群臣に脅かされて秦に約束してしまったのに、それでいて『もう改められない』と仰る。なぜ知恵において博打の駒ほどにも及ばないのですか。」魏王は言った。「なるほど。」そこでその(土地割譲の)行いを取りやめた。
解説
この章句が説くこと
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戦国策・秦敗魏於華走芒卯而圍大梁秦魏を華に敗り、芒卯を走らせて大梁を囲む。須賈魏の為に穰侯に謂いて曰く、「臣聞く、魏氏の大臣父兄皆魏王に謂いて曰く、『初め時に惠王趙を伐ち、三梁に戦い勝ち、十万の軍もて邯鄲を抜くも、趙氏割かず、而して邯鄲復た帰す。齊人燕を攻め、子之を殺し、故国を破るも、燕割かず、而して燕国復た帰す。燕・趙の国全く兵勁(つよ)くして、地の諸侯に并(あ)わされざる所以の者は、其の能く難を忍びて重ねて地を出だすを以てなり。宋・中山数々伐たれ数々割き、而して随いて以て亡ぶ。臣以為(おも)えらく燕・趙は法とす可く、宋・中山は為す無かる可し。夫れ秦は貪戾の国にして親無く、魏を蠶食(さんしょく)して、晉国を尽くさんとし、睪子(こうし)に戦い勝ち、八県を割くも、地未だ畢(ことごと)く入らずして兵復た出づ。夫れ秦何の厭(あ)くこと有らんや。今又芒卯を走らせ、北地に入る、此れ但(ただ)に梁を攻むるのみに非ず、且つ王を劫(おびやか)して以て多く割かしめんとするなり、王必ず聴く勿かれ。今王楚・趙に循(したが)いて講ぜば、楚・趙怒りて王と与に秦に事うるを争わば、秦必ず之を受けん。秦楚・趙の兵を挟みて以て復た攻めば、則ち国救亡す可からざるなり。願わくは王の必ず講ずる無からんことを。王若し講ぜんと欲せば、必ず少しく割きて質有らしめよ、然らずんば必ず欺かれん』と。是れ臣の魏に聞く所なり、願わくは君の是を以て事を慮らんことを。「周書に曰く、『命常に于(お)けらず』と。此れ幸(さいわ)いの数(しばしば)す可からざるを言うなり。夫れ睪子に戦い勝ちて、八県を割くは、此れ兵力の精なるに非ず、計の工(たく)みなるに非ず、天幸多しと為すなり。今又芒卯を走らせ、北地に入り、以て大梁を攻む、是れ天幸を以て自ら常と為すなり。知者は然らず。「臣聞く魏氏悉く其の百県の勝兵を以て、止まりて大梁を戍(まも)る、臣以為えらく卅万を下らず。卅万の衆を以て、十仞の城を守れば、臣以為えらく湯・武復び生ずと雖も、易く攻めざるなり。夫れ軽々しく楚・趙の兵を信じて、十仞の城を陵(しの)ぎ、卅万の衆を戴きて、志必ず之を挙げんとするは、臣以為えらく天下の始めて分かれてより以て今に至るまで、未だ嘗て之有らざるなり。攻めて拔く能わざれば、秦兵必ず罷れ、陰必ず亡びん、則ち前功必ず棄てられん。今魏方(まさ)に疑う、少しく割きて収む可し。願わくは楚・趙の兵未だ大梁に任ぜざるに及びて、亟(すみ)やかに少しく割きて収めよ。魏方に疑い、而して少しく割きて和と為すを得れば、必ず之を欲せば、則ち君欲する所を得ん。楚・趙魏の己に先んじて講ずるに怒り、必ず争いて秦に事えん。是れより以て散じ、而して君後に択ばん。且つ君の嘗て晉国を割きて地を取るや、何ぞ必ずしも兵を以てせんや。夫れ兵用いずして、魏絳・安邑を効し、又陰に両機を啓(ひら)き、故宋を尽くし、衛効すること尤も憚(はばか)る。秦兵已に令せられ、而して君之を制せば、何を求めて得ざらん、何を為して成らざらん。臣願わくは君の熟計して危きを行う無からんことを」と。穰侯曰く、「善し」と。乃ち梁の囲みを罷(や)む。
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戦国策・秦敗魏於華魏王且入朝於秦秦魏を華に敗り、魏王且に秦に入朝せんとす。周訢王に謂いて曰く、「宋人に学ぶ者有り、三年にして反りて其の母を名づく。其の母曰く、『子学ぶこと三年、反りて我を名づくるは、何ぞや』と。其の子曰く、『吾が賢とする所の者、堯・舜に過ぐる無く、堯・舜名づく。吾が大とする所の者、天地より大なる無く、天地名づく。今母の賢なる堯・舜に過ぎず、母の大なる天地に過ぎず、是を以て母を名づくるなり』と。其の母曰く、『子の学に於けるや、将に尽く之を行わんとするか。願わくは子の以て名を母に易(か)うる有らんことを。子の学に於けるや、将に行わざる所有らんとするか。願わくは子の且に名を以て母を後にせんことを』と。今王の秦に事うるや、尚お以て入朝を易うる可き者有りや。願わくは王の以て之を易うる有りて、入朝を以て後にせんことを」と。魏王曰く、「子寡人の入りて出でざるを患うるか。許綰吾が為に祝して曰わく、『入りて出でざれば、請う寡人を頭を以て殉ぜん』と」と。周訢対(こた)えて曰く、「臣の賤しきが如きや、今人臣に謂いて曰う有りて、不測の淵に入りて必ず出でよ、出でずんば、請う一鼠首(そしゅ)を以て女(なんじ)の殉と為さんと、臣必ず為さざるなり。今秦は不可知の国なり、猶お不測の淵のごとし。而して許綰の首は、猶お鼠首のごとし。王を不可知の秦に内(い)れて、王を鼠首を以て殉ぜしむるは、臣竊(ひそ)かに王の為に取らざるなり。且つ梁無きは河内無きと孰与(いず)れぞ急なる」と。王曰く、「梁急なり」と。「梁無きは身無きと孰与れぞ急なる」と。王曰く、「身急なり」と。曰く、「三者を以てすれば、身は上なり、河内は其の下なり。秦未だ其の下を索(もと)めずして、王其の上を効さば、可ならんか」と。王尚お未だ聴かず。支期曰く、「王楚王を視よ。楚王秦に入らば、王三乗を以て之に先んぜよ。楚王入らずんば、楚・魏一と為り、尚お以て秦を捍(ふせ)ぐに足らん」と。王乃ち止まる。王支期に謂いて曰く、「吾始め已に応侯に諾せり、今行かざれば之を欺くなり」と。支期曰く、「王憂うる勿かれ。臣長信侯をして王を内るる無からしめんことを請わん、王臣を待て」と。支期長信侯に説きて曰く、「王相国を召すを命ず」と。長信侯曰く、「王何を以て臣と為すか」と。支期曰く、「臣知らざるなり、王急に君を召す」と。長信侯曰く、「吾王を秦に内るる者は、寧(なん)ぞ秦の為ならんや、吾魏の為なり」と。支期曰く、「君魏の為に計ること無かれ、君其れ自ら為に計れ。且つ死に安んずるか、生に安んずるか、窮に安んずるか、貴に安んずるか。君其れ先ず自ら為に計り、後に魏の為に計れ」と。長信侯曰く、「楼公将に入らんとす、臣今従わん」と。支期曰く、「王急に君を召す、君行かずんば、血君の襟に濺(そそ)がん」と。長信侯行き、支期其の後に随う。且に王に見えんとするや、支期先ず入りて王に謂いて曰く、「病を偽りて之に見えよ、臣已に之を恐れしめたり」と。長信侯入りて王に見え、王曰く、「病甚だし、奈何(いかん)せん。吾始め已に応侯に諾せり、意(おも)うに道に死すと雖も、行かんか」と。長信侯曰く、「王行く毋(な)かれ。臣能く之を応侯に得ん、願わくは王憂うる無かれ」と。
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戦国策・蘇子為趙合從說魏王蘇子、趙の為に合従し、魏王に説いて曰わく、「大王の埊(ち)、南に鴻溝・陳・汝南有り、許・鄢・昆陽・邵陵・舞陽・新郪有り。東に淮・穎・沂・黄・煮棗・海塩・無疏有り。西に長城の界有り。北に河外・卷・衍・燕・酸棗有り、埊方千里なり。埊名は小なりと雖も、然れども廬田廡舎、曾て牛馬を芻牧する所の地無し。人民の衆きこと、車馬の多きこと、日夜行きて休まざるも、三軍の衆と異なる無し。臣竊かに之を料るに、大王の国、楚に下らず。然れども横人王に謀り、外に虎狼の秦に交わり、以て天下を侵し、卒に国患有るも、其の禍いを被らず。夫れ強秦の勢いを挟みて、以て内に其の主を劫かす、罪此れより過ぐる者無し。且つ魏は、天下の強国なり。大王は、天下の賢主なり。今乃ち意有りて西面して秦に事え、東藩と称し、帝宮を築き、冠帯を受け、春秋に祠り、臣竊かに大王の為に之を媿(は)ず。「臣聞く、越王勾践散卒三千を以て、夫差を干遂に禽にし、武王卒三千人、革車三百乘にて、紂を牧の野に斬れりと。豈に其の士卒衆かりしや。誠に能く其の威を振るえばなり。今竊かに聞く、大王の卒、武力二十余万、蒼頭二千万、奮撃二十万、廝徒十万、車六百乗、騎五千疋。此れ其れ越王勾践・武王に過ぐること遠し。今乃ち辟臣の説に劫かされて、秦に臣事せんと欲す。夫れ秦に事うれば必ず地を割きて質を効(いた)す、故に兵未だ用いざるに国已に虧く。凡そ群臣の秦に事うるを言う者は、皆姦臣にして、忠臣に非ざるなり。夫れ人臣為りて、其の主の埊を割きて以て外交を求め、一旦の功を偸取(とうしゅ)して其の後を顧みず、公家を破りて私門を成し、外に彊秦の勢いを挟みて以て内に其の主を劫かし以て埊を割かんことを求む、願わくは大王の熟(つらつ)ら之を察せんことを。「周書に曰わく、『綿綿として絶えず、縵縵(まんまん)たること柰何せん。毫毛抜かざれば、将に斧柯(ふか)を成さんとす』と。前慮定まらざれば、後に大患有り、将に之を柰何せん。大王誠に能く臣に聴き、六国従親して、心を専らにし力を并せば、則ち必ず強秦の患い無からん。故に敝邑の趙王臣を使わして愚計を献じ、明約を奉ぜしむ、大王の之を詔(みことのり)するに在り。」魏王曰わく、「寡人不肖にして、未だ嘗て明教を聞くを得ず。今主君趙王の詔を以て之に詔す、敬んで国を以て従わん。」
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戦国策・秦攻陘秦、陘を攻む、韓人をして南陽の地に馳せしむ。秦已に馳するも、又た陘を攻む、韓因りて南陽の地を割く。秦地を受くるも、又た陘を攻む。陳軫、秦王に謂いて曰く、「国形便ならざれば故に馳せ、交わり親しからざれば故に割く。今、割くも交わり親しからず、馳するも兵止まず、臣恐らくは山東の馳割を以て王に事うる無からんことを。且つ王百金を三川に求むれども得べからず、千金を韓に求むれば、一旦にして具わる。今、王韓を攻む、是れ上交を絶ちて私府を固むるなり、竊かに王の為に取らざるなり。」