戦国策 / 魯仲連謂孟嘗
魯仲連謂孟嘗:「君好士也!雍門養椒亦,陽得子養,飲食、衣裘與之同之,皆得其死。今君之家富於二公,而士未有為君盡游者也。」君曰:「文不得是二人故也。使文得二人者,豈獨不得盡?」對曰:「君之廄馬百乘,無不被繡衣而食菽粟者,豈有騏麟騄耳哉?後宮十妃,皆衣縞紵,食梁肉,豈有毛廧、西施哉?色與馬取於今之世,士何必待古哉?故曰君之好士未也。」
新字:魯仲連謂孟嘗:「君好士也!雍門養椒亦,陽得子養,飲食、衣裘与之同之,皆得其死。今君之家富於二公,而士未有為君尽游者也。」君曰:「文不得是二人故也。使文得二人者,豈独不得尽?」対曰:「君之廄馬百乗,無不被繡衣而食菽粟者,豈有騏麟騄耳哉?後宮十妃,皆衣縞紵,食梁肉,豈有毛廧、西施哉?色与馬取於今之世,士何必待古哉?故曰君之好士未也。」
書き下し
魯仲連孟嘗に謂ふ、「君士を好むなり。雍門椒亦を養ひ、陽得子を養ひ、飲食・衣裘之と之を同じくし、皆其の死を得たり。今君の家二公より富めるも、士未だ君の爲に盡く游ぶ者有らざるなり。」君曰く、「文是の二人を得ざるが故なり。文をして二人を得しめば、豈に獨り盡くさざらんや。」對へて曰く、「君の廄馬百乘、繡衣を被りて菽粟を食らはざる無し、豈に騏麟騄耳有らんや。後宮十妃、皆縞紵を衣、梁肉を食らふ、豈に毛廧・西施有らんや。色と馬とは今の世に取り、士何ぞ必ずしも古を待たんや。故に君の士を好むこと未だしと曰ふなり。」
現代語訳
魯仲連が孟嘗君に言った。「あなたは士を好んでいます。かつて雍門の君は椒亦を養い、陽得の君は子養を養い、飲食や衣服を彼らと同じくして、いずれもその臣は主君のために命を捧げました。今あなたの家はその二人の君主より富んでいますが、士であなたのために力を尽くして仕える者はまだいません。」孟嘗君は「私がその二人のような得難い人物を得られていないからだ。もし私がそのような人物を得られたなら、どうして力を尽くさせないことがあろうか」と言った。魯仲連は答えた。「あなたの厩の馬は百頭にも及び、いずれも刺繍の衣を着せられ豆や粟を食べさせられていますが、それらは名馬の騏驎や騄耳ほどのものでしょうか。後宮の側室は十人おり、皆白絹の衣を着て上等な肉を食べていますが、それらは絶世の美女である毛嬙や西施ほどのものでしょうか。美女や名馬は今の世で現に手に入る者の中から選び取っているではありませんか。それなのに士だけはどうして必ず古の聖賢のような人物を待たねばならないのですか。ですから、あなたはまだ本当に士を好んでいるとは言えないと申し上げるのです。」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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史記 孫子呉起列伝呉起是に於いて魏の文侯の賢なるを聞き、之に事へんと欲す。文侯、李克に問ひて曰く、「呉起は何如なる人ぞ」と。李克曰く、「起は貪にして色を好む。然れども兵を用ゐるは、司馬穰苴も過ぐる能はざるなり」と。是に於いて魏の文侯以て将と為し、秦を撃ち、五城を抜く。
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史記 管晏列伝管仲夷吾は、潁上の人なり。少き時常に鮑叔牙と游び、鮑叔、其の賢なるを知れり。管仲貧困にして、常に鮑叔を欺くも、鮑叔、終に善く之を遇し、以て言を為さず。已にして鮑叔、斉の公子小白に事へ、管仲は公子糾に事ふ。小白立ちて桓公と為り、公子糾死するに及び、管仲囚はる。鮑叔遂に管仲を進む。管仲既に用ひられ、政に斉に任ず。斉の桓公以て覇たり、諸侯を九合し、天下を一匡したるは、管仲の謀なり。
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史記 穰侯列伝魏冉、白起を挙げ、向壽に代へて将として韓・魏を攻めしめ、之を伊闕に敗り、斬首二十四万、魏の将公孫喜を虜にす。明年、又楚の宛・葉を取る。魏冉、病と謝して相を免ぜられ、客卿壽燭を以て相と為す。其の明年、燭免ぜられ、復た冉を相とし、乃ち魏冉を穰に封じ、復た益々陶に封じ、号して穰侯と曰ふ。
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荀子・君道篇人を材る。愿愨拘録、計数繊嗇にして、敢えて遺喪すること無きは、是れ官人使吏の材なり。脩飭端正、法を尊び分を敬し、傾側の心無く、職を守り業を脩め、敢えて損益せず、世に伝うべくして、侵奪せしむべからざるは、是れ士大夫官師の材なり。礼義を隆くするの君を尊ぶ所以たるを知り、士を好むの美名たる所以を知り、民を愛するの国を安んずる所以を知り、常法有るの俗を一にする所以を知り、賢を尚び能を使うの功を長ずる所以を知り、本を務め末を禁ずるの材を多くする所以を知り、下と小利を争うこと無きの事に便なる所以を知り、制度を明らかにし物を権り用を称るの泥まざる所以を知るは、是れ卿相輔佐の材なり、未だ君道に及ばず。能く此の三材を論官して其の次を失うこと無き、是れを人主の道と謂う。是くの若くんば則ち身佚にして国治まり、功大にして名美なり、上は以て王たるべく、下は以て霸たるべし。是れ人主の要守なり。人主此の三材を論ずる能わず、此の道を知り道びかず、安ちに将に埶を卑くし労を出だし、耳目の楽しみを併せ、而して親ら自ら日を貫きて詳を治め、一日にして之を曲辨せんとし、臣下と小察を争いて偏能を綦めんことを慮る。古より今に及ぶまで、未だ此くの如くにして乱れざる者有らざるなり。是れ所謂る見るべからざるを視、聞くべからざるを聴き、成るべからざるを為すというもの、此れを之れ謂うなり。
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呉子・図国篇武侯問いて曰く、「願わくは兵を治め、人を料り、国を固むるの道を聞かん」と。起対えて曰く、「古の明王は、必ず君臣の礼を謹み、上下の儀を飾り、吏民を安集し、俗に順いて教え、良材を簡び募りて、以て不虞に備う。昔、斉の桓公は士五万を募りて、以て諸侯に霸たり。晋の文公は召して前行と為すこと四万、以て其の志を獲たり。秦の繆公は陥陳三万を置きて、以て鄰敵を服せしむ。故に強国の君は、必ず其の民を料る。民に胆勇気力有る者は、聚めて一卒と為す。進みて戦い力を効し、以て其の忠勇を顕すを楽しむ者は、聚めて一卒と為す。能く高きを踰え遠きを超え、足軽くして善く走る者は、聚めて一卒と為す。王臣にして位を失い、功を上に見さんと欲する者は、聚めて一卒と為す。城を棄て守りを去り、其の醜を除かんと欲する者は、聚めて一卒と為す。此の五者は、軍の練鋭なり。此の三千人有らば、内より出でては以て囲みを決すべく、外より入りては以て城を屠るべし」と。
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『帝範』審官第四夫(そ)れ官(かん)を設(まう)け職(しょく)を分(わ)かつは、化(か)を闡(あき)らかにし風(ふう)を宣(の)ぶる所以(ゆゑん)なり。故(ゆゑ)に明主(めいしゅ)の人(ひと)に任(にん)ずるは、巧匠(こうしょう)の木(き)を制(せい)するが如(ごと)し。直(なほ)き者(もの)は以(も)って轅(ながえ)と為(な)し、曲(まが)れる者(もの)は以(も)って輪(わ)と為(な)し、長(なが)き者(もの)は以(も)って棟梁(とうりょう)と為(な)し、短(みじか)き者(もの)は以(も)って栱角(きょうかく)と為(な)す。曲直(きょくちょく)長短(ちょうたん)と無(な)く、各(おのおの)施(ほどこ)す所(ところ)有(あ)り。眀主(めいしゅ)の人(ひと)に任(にん)ずるも、亦(ま)た是(これ)に由(よ)るなり。智者(ちしゃ)は其(そ)の謀(はかりごと)を取(と)り、愚者(ぐしゃ)は其(そ)の力(ちから)を取(と)り、勇者(ゆうしゃ)は其(そ)の威(い)を取(と)り、怯者(きょうしゃ)は其(そ)の愼(つつし)みを取(と)り、智(ち)・愚(ぐ)・勇(ゆう)・怯(きょう)と無(な)く、兼(か)ねて之(これ)を用(もち)ゐる。故(ゆゑ)に良匠(りょうしょう)に棄材(きざい)無(な)く、明主(めいしゅ)に棄士(きし)無(な)し。一惡(いちあく)を以(も)って其(そ)の善(ぜん)を忘(わす)れず、小瑕(しょうか)を以(も)って其(そ)の功(こう)を掩(おほ)ふ勿(なか)れ。政(まつりごと)を割(わ)かち機(き)を分(わ)かち、其(そ)の有(あ)る所(ところ)を盡(つ)くす。然(しか)れば則(すなは)ち凾牛(かんぎゅう)の鼎(かなへ)は、以(も)って雞(にはとり)を烹(に)るに處(を)く可(べ)からず、䑕(ねずみ)を捕(と)らふるの狸(たぬき)は、以(も)って獸(けもの)を摶(う)たしむ可(べ)からず、一鈞(いっきん)の器(うつは)は、以(も)って江漢(こうかん)の流(なが)れを容(い)るる能(あた)はず、百石(ひゃくせき)の車(くるま)は、以(も)って斗筲(とそう)の粟(ぞく)を滿(み)たす可(べ)からず。何(なん)となれば則(すなは)ち大(だい)は小(しょう)の量(りょう)に非(あら)ず、輕(けい)は重(じゅう)の宜(ぎ)に非(あら)ざればなり。