戦国策 / 秦攻趙鼓鐸之音聞於北堂
秦攻趙,鼓鐸之音聞於北堂。希卑曰:「夫秦之攻趙,不宜急如此。此召兵也。必有大臣欲衡者耳。王欲知其人,旦日贊群臣而訪之,先言橫者,則其人也。」建信君果先言橫。
新字:秦攻趙,鼓鐸之音聞於北堂。希卑曰:「夫秦之攻趙,不宜急如此。此召兵也。必有大臣欲衡者耳。王欲知其人,旦日賛群臣而訪之,先言横者,則其人也。」建信君果先言横。
書き下し
秦、趙を攻め、鼓鐸の音北堂に聞こゆ。希卑曰く、「夫れ秦の趙を攻むるや、宜しく此くの如く急なるべからず。此れ兵を召くなり。必ず大臣の衡せんと欲する者有るのみ。王其の人を知らんと欲せば、旦日群臣を贊めて之を訪ねよ、先んじて横を言う者は、則ち其の人なり」と。建信君果たして先んじて横を言えり。
現代語訳
秦が趙を攻め、太鼓や鉦の音が北の御殿にまで聞こえてきた。希卑は言った。「そもそも秦が趙を攻めるのに、これほど急を告げるほどのはずはありません。これはむしろ兵を招き寄せる合図のようなものです。きっと国内の大臣の中に、連衡(秦との単独講和)を望む者がいるに違いありません。王がその人物を知りたいとお思いでしたら、明朝、群臣を集めて意見を求めてください。真っ先に連衡を口にする者こそ、その人物です。」果たして建信君が真っ先に連衡を口にした。
解説
この章は、秦の攻勢という緊急事態に乗じて、内部で秦との単独講和(連衡)を進めようとする者をあぶり出す希卑の推理を描いた逸話です。攻撃の激しさそのものよりも、その裏にある政治的な意図を読み解き、危機に乗じて自らの立場を有利にしようとする内通者的な動きを、発言の順序という些細な手がかりから見抜く着眼点が光ります。緊急事態や混乱時にこそ、誰が真っ先に特定の結論に飛びつくかを観察すれば、その人物の思惑が透けて見えるという洞察は、危機管理や組織内の力学を見極める上で現代にも通じる着眼点です。
この章句が説くこと
希卑建信君連衡秦危機管理
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