戦国策 / 腹擊為室而鉅
腹擊為室而鉅,荊敢言之主。謂腹子曰:「何故為室之鉅也?」腹擊曰:「臣羈旅也,爵高而祿輕,宮室小而帑不眾。主雖信臣,百姓皆曰:『國有大事,擊必不為用。』今擊之鉅宮,將以取信於百姓也。」主君曰:「善。」
新字:腹擊為室而鉅,荊敢言之主。謂腹子曰:「何故為室之鉅也?」腹擊曰:「臣羈旅也,爵高而禄軽,宮室小而帑不眾。主雖信臣,百姓皆曰:『国有大事,擊必不為用。』今擊之鉅宮,将以取信於百姓也。」主君曰:「善。」
書き下し
腹擊室を爲ること鉅なり、荊敢えて之を主に言う。腹子に謂いて曰く、「何の故に室を爲ること鉅なるや。」腹擊曰く、「臣は羈旅なり、爵高くして祿輕く、宮室小さくして帑衆からず。主臣を信ずと雖も、百姓皆曰わん、『國に大事有らば、擊必ず用を爲さじ』と。今擊の宮を鉅にするは、將に以て信を百姓に取らんとするなり。」主君曰く、「善し。」
現代語訳
腹撃は自分の邸宅を大きく立派に造った。荊がそのことをあえて主君に告げ口をした。主君は腹撃に尋ねた。「どうして邸宅をそれほど大きく造ったのか。」腹撃は答えた。「私は他国から流れてきた身の上です。爵位は高くとも俸禄は軽く、これまでの邸宅は小さく、召使いも多くありませんでした。主君は私を信頼してくださっていますが、民は皆こう言うでしょう。『国に大事があっても、腹撃はきっと役に立たないだろう』と。今、私が邸宅を大きく立派にしているのは、それによって民からの信用を得ようとしているのです。」主君は「なるほど、よかろう」と言った。
解説
他国からの寄留者(羈旅の臣)であった腹撃が、あえて自分の邸宅を大きく造営した理由を主君に説明する短い逸話です。腹撃は、爵位こそ高いものの根無し草の身の上ゆえに、いざという時に力を尽くさないのではと民に疑われることを見越し、豪壮な邸宅という目に見える形で「この国に骨を埋める覚悟」を示そうとしました。実質的な忠誠心そのものよりも、それが周囲にどう見えるかという「信用の演出」に意を用いた点が特徴的です。地位や実力があっても、外部から来た者は信頼を勝ち取るために目に見える行動や姿勢を示す必要がある、という組織における信頼構築の機微を伝える話といえます。
この章句が説くこと
腹撃羈旅の臣信用構築処世主君
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