戦国策 / 蘇秦自燕之齊
蘇秦自燕之齊,見於華章南門。齊王曰:「嘻!子之來也。秦使魏冉致帝,子以為何如?」對曰:「王之問臣也卒,而患之所從生者微。今不聽,是恨秦也;聽之,是恨天下也。不如聽之以卒秦,勿庸稱也以為天下。秦稱之,天下聽之,王亦稱之,先後之事,帝名為無傷也。秦稱之,而天下不聽,王因勿稱,其於以收天下,此大資也。」
新字:蘇秦自燕之斉,見於華章南門。斉王曰:「嘻!子之来也。秦使魏冉致帝,子以為何如?」対曰:「王之問臣也卒,而患之所従生者微。今不聴,是恨秦也;聴之,是恨天下也。不如聴之以卒秦,勿庸称也以為天下。秦称之,天下聴之,王亦称之,先後之事,帝名為無傷也。秦称之,而天下不聴,王因勿称,其於以収天下,此大資也。」
書き下し
蘇秦燕より齊に之き、華章の南門に見(まみ)ゆ。齊王曰く、「嘻(ああ)、子の來たるや。秦魏冉をして帝を致さしむ、子以て何如と爲すか。」對へて曰く、「王の臣に問ふや卒(にはか)にして、患ひの從りて生ずる所の者は微なり。今聽かずんば、是れ秦を恨むなり。之を聽かば、是れ天下を恨むなり。之を聽きて以て秦を卒(しゅう)し、庸(もち)ふる勿かれ稱するも以て天下の爲にするに如かず。秦之を稱し、天下之を聽けば、王も亦た之を稱す、先後の事、帝の名は傷無しと爲す。秦之を稱すも、天下聽かずんば、王因りて稱する勿かれ、其の以て天下を收むるに於て、此れ大資なり。」
現代語訳
蘇秦は燕から斉へ赴き、華章の南門で斉王に謁見した。斉王は「ああ、よく来てくれた。秦が魏冉を遣わして帝号を勧めてきたが、あなたはどう思うか」と尋ねた。蘇秦は答えた。「王の私への問いはあまりに急なもので、そこから生じる問題の本質はまだ見えにくいものです。今、これを聞き入れなければ、秦の恨みを買います。聞き入れれば、天下の恨みを買います。まずはこれを聞き入れて秦の望みを一旦は満たしつつも、進んで帝を称することはせずに、天下の情勢を見極めるのが一番です。もし秦が帝を称し、天下がそれを認めるなら、王もそれに合わせて称すればよいでしょう。先に称するか後に称するかの違いだけで、帝という名において傷はありません。もし秦が帝を称しても、天下がそれを認めなければ、王はそのまま称さずにおけばよいのです。そうすれば天下の支持を得る上で、これは大きな元手となりましょう。」
解説
この章句が説くこと
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戦国策・蘇秦謂齊王蘇秦齊王に謂ひて曰く、「齊・秦立ちて兩帝と爲らば、王天下を以て秦を尊しと爲すか、且つ齊を尊しと爲すか。」王曰く、「秦を尊しとす。」「帝を釋(す)てば則ち天下齊を愛せんか、且つ秦を愛せんか。」王曰く、「齊を愛して秦を憎まん。」「兩帝立ちて、趙を伐たんことを約せば、宋を伐つの利と孰與(いづれ)ぞや。」對へて曰く、「夫れ約して然り秦と帝と爲らば、天下獨り秦を尊びて齊を輕んぜん。齊帝を釋てば、則ち天下齊を愛して秦を憎まん。趙を伐つは宋を伐つの利に如かず。故に臣願はくは王明らかに帝を釋てて、以て天下に就かん。約に倍きて秦を儐(しりぞ)け、爭重せしむる勿かれ。而して王其の間を以て宋を舉げん。夫れ宋を有てば則ち衞の陽城危からん。淮北を有てば則ち楚の東國危からん。濟西を有てば則ち趙の河東危からん。陰・平陸を有てば則ち梁門啟かず。故に帝を釋てて之を貳にして宋を伐つの事を以てせば、則ち國重くして名尊く、燕・楚形を以て服し、天下敢へて聽かずんばあらず、此れ湯・武の擧なり。秦を敬して以て名と爲し、而して後天下をして之を憎ましむ、此れ所謂卑を以て尊に易ふる者なり。願はくは王の之を熟慮せんことを。」
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戦国策・蘇秦自齊獻書於燕王蘇秦、斉自り書を燕王に献じて曰く、「臣の行くや、固より将に口事有らんとするを知る、故に御書を献じて行けり、曰く、『臣斉に貴くば、燕の大夫将に臣を信ぜざらんとす。臣賤しくば、将に臣を軽んぜんとす。臣用いられば、将に多く臣に望まんとす。斉不善有らば、将に罪を臣に帰せんとす。天下斉を攻めずんば、将に善く斉の為に謀ると曰わんとす。天下斉を攻めば、将に斉と兼ねて臣を鄮せんとす。臣の重んずる所は重卯に処る』と。王臣に謂いて曰く、『吾必ず衆口と讒言とを聴かず、吾女を信ずること、猶お𠛄を剗るがごとし。上は以て斉に用いらるるを得べく、次は以て下に信ぜらるるを得べし、苟くも死無くんば、女為さざる無かれ、女を以て自ら信とすべし』と。之と言いて曰く、『燕を去りて斉に之くは可なり、事を成すに期するのみ』と。臣令を受けて以て斉に任ぜられ、五年に及べり。斉数々兵を出だすも、未だ嘗て燕を謀らず。斉・趙の交わり、一たびは合し一たびは離る。燕王斉と与に趙を謀らずんば、則ち趙と与に斉を謀る。斉の燕を信ずるや、北地を虚しくして其の兵を行るに至れり。今王田伐と参・去疾との言を信じ、且に斉を攻めんとし、斉をして犬馬𩤊がしめて燕を言わざらしむ。今王又慶をして臣に令せしめて曰く、『吾善しとする所を用いんと欲す』と。王苟くも之を用いんと欲せば、則ち臣請う王が為に之に事えん。王臣を醳きて剸ら善しとする所に任ぜんと欲せば、則ち臣請う事を帰し醳かん。臣苟くも見ゆるを得ば、則ち願いに盈てり」と。
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戦国策・齊魏爭燕斉・魏燕を争う。斉燕王に謂いて曰く、「吾趙を得たり」と。魏も亦燕王に謂いて曰く、「吾趙を得たり」と。燕以て之を決する無く、未だ適う予うる有らず。蘇子燕の相に謂いて曰く、「臣聞く、辞卑くして幣重き者は、天下を失う者なり。辞倨りて幣薄き者は、天下を得る者なり、と。今魏の辞倨りて幣薄し」と。燕因りて魏に合し、趙を得て、斉遂に北げたり。
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戦国策・蘇秦自齊使人謂燕昭王蘇秦、斉自り人をして燕の昭王に謂わしめて曰く、「臣聞く、斉・趙を離せば、斉・趙已に孤なり、と。王何ぞ兵を出だして以て斉を攻めざる。臣請う王の為に之を弱めん」と。燕乃ち斉を伐ちて晋を攻む。人をして閔王に謂わしめて曰く、「燕の斉を攻むるや、以て古地を復振せんと欲すればなり。燕兵晋に在りて進まざれば、則ち是れ兵弱くして計疑わしきなり。王何ぞ蘇子をして将として燕に応ぜしめざる。夫れ蘇子の賢を以て、将として弱燕に応ぜば、燕破るること必せり。燕破るれば則ち趙敢えて聴かざること無く、是れ王燕を破りて趙を服するなり」と。閔王曰く、「善し」と。乃ち蘇子に謂いて曰く、「燕兵晋に在り、今寡人兵を発して之に応ぜんとす。願わくは子寡人が為に之が将と為れ」と。対えて曰く、「臣の兵に於けるや、何ぞ以て之に当たるに足らん、王其れ改めて挙げよ。王臣を使わば、是れ王の兵を敗りて臣を以て燕に遺るなり。戦いて勝たずんば、振うべからず」と。王曰く、「行け、寡人子を知れり」と。蘇子遂に将となり、燕人と晋下に戦い、斉軍敗る。燕甲首二万人を得たり。蘇子其の余兵を収め、以て陽城を守り、閔王に報じて曰く、「王過ちて挙げ、臣をして燕に応ぜしめたり。今軍敗れて二万人を亡えり、臣斧質の罪有り、請う自ら吏に帰して以て戮せられん」と。閔王曰く、「此れ寡人の過ちなり、子以て罪と為すこと無かれ」と。明日又燕をして陽城及び狸を攻めしむ。又人をして閔王に謂わしめて曰く、「日者斉晋下に勝たざりしは、此れ兵の過ちに非ず、斉不幸にして燕天幸有ればなり。今燕又陽城及び狸を攻む、是れ天幸を以て自ら功と為すなり。王復た蘇子をして之に応ぜしめば、蘇子先に王の兵を敗りたれば、其の後必ず務めて勝を以て王に報いん」と。王曰く、「善し」と。乃ち復た蘇子を使う。蘇子固辞するも、王聴かず。遂に将として燕と陽城に戦う。燕人大いに勝ち、首三万を得たり。斉君臣親しまず、百姓心を離る。燕因りて楽毅をして大いに兵を起こして斉を伐たしめ、之を破る。
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戦国策・燕昭王且與天下伐齊燕の昭王且に天下と与に斉を伐たんとするに、斉人の燕に仕うる者有り。昭王召して之に謂いて曰く、「寡人且に天下と与に斉を伐たんとし、旦暮に令を出ださんとす。子必ず之を争え、之を争いて聴かれずんば、子因りて去りて斉に之け。寡人時有りて復た合和せば、且に子に因りて斉に事えん」と。此の時に当たりてや、燕・斉両立せざるも、然れども常に独り復た之を収むるの志有らんと欲すること此くの若し。
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戦国策・奉陽君李兌甚不取於蘇秦奉陽君李兌、甚だ蘇秦を取らず。蘇秦燕に在り、李兌因りて蘇秦の為に奉陽君に謂いて曰く、「齊・燕離るれば則ち趙重く、齊・燕合すれば則ち趙輕し。今君の齊するは、趙の利に非ざるなり。臣竊かに君の為に取らざるなり」と。奉陽君曰く、「何ぞ吾燕を齊に合わせんや」と。對えて曰く、「夫れ燕に制する者は蘇子なり。而して燕は弱國なり、東は齊に如かず、西は趙に如かず、豈に能く東に齊無く、西に趙無からんや。而して君甚だ蘇秦を善くせずんば、蘇秦能く弱燕を抱きて天下に孤ならんや。是れ燕を驅りて齊に合せしむるなり。且つ燕は亡國の餘なり、其れ權を以て立ち、外を重んずるを以て、貴に事うるを以てす。故に君の為に計るに、蘇秦を善くすれば則ち取り、善くせざるも亦之を取りて、以て燕・齊を疑わしむ。燕・齊疑わば、則ち趙重からん。齊王蘇秦を疑わば、則ち君資多からん」と。奉陽君曰く、「善し」と。乃ち使いをして蘇秦と交わりを結ばしむ。